寝坊した

小晴を信じるとは言ったけど、それでも気になってしまうのはしょうがない。寝付きも夢見も悪かった。目覚ましのアラームもセットし忘れた。

色んな理由を並べてみたけど、結局のところは私が朝に部室で小晴と二人きりに耐えられる気がしなかっただけだ。

気が重いなぁ

朝練に行かないなんていつ以来だろう。二年生になってからは毎日欠かしていないし、一年生の時だって病欠もしていなければ休んだ記憶もない。

もしかして、初めてかも?

そしてすぐにもう一人、毎日欠かさず朝練に来ている親友の顔を思い出す。

小晴、一人で待ちぼうけしてるのかな

少しずつ早くなる約束しない集合時間は他の部員より十五分は早いはずだ。それに私は小晴がいつから部室で待っているのかを知らない。だって一度も小晴より先に着いたことがないから。

相変わらずぼんやりと瞳を半分閉じたまま音楽室の隅で座っているだけかもしれないけど。

学校行ったら謝らなきゃ

巻き戻ることのない目覚まし時計を枕元の定位置に戻して、ハンガーに掛けられた制服に手を伸ばした。

朝練に行かないとこんなに余裕があるんだ。いつもは一気に流し込む朝食も二杯目のカフェオレを飲むくらいのゆとりがある。新聞のテレビ欄を眺めながらカップを持っているとなんだかお父さんみたいだ。

天、今日は部活は?

寝坊したぁ

あら、珍しいわね

珍しいどころか初めてのことだ。自分でもびっくりしている。嫌なことなんて一晩寝ればすぐに忘れてしまうのに。そういえば昨日の小テスト、お母さんに見せてないや。嫌なこと思い出しちゃったな。これも昨日寝付きが悪かったからに違いない。

空になったカップの底に薄っすらと自分の顔が映っている。のんびりと出来る奇跡のような朝なのにどうしてこんなに焦った顔をしているんだろう。

いってきまーす

駆け出しもせず玄関のドアをゆっくりと閉じる。しきりに急がなくていい、と自分に言い聞かせている。いつもより日は高く、風は弱く向かい風。通学路を歩いていると普段は見ない登校中の他の生徒を見かける。

今更ながらに朝練に行かなかったことを後悔する。ちょっと遅れても行けばよかった。きっと小晴はちゃんと出ていて、また少し差を広げられたに違いない。

あぁ、もう

こんな風にふわふわ歩いているからこんな暗い気持ちになるんだ。いつものように走ってしまえばそんなこと考えられなくなる。そう思って、私は地面を踏みつける足に力を込めた。

教室には小晴の姿はなかった。やっぱりきちんと朝練に出ているらしい。私はこんなに動揺してるのに、告白された、とは決まったわけじゃないけど、何か言われた小晴の方がいつも通りなのが、気に食わない。

予鈴にもまだ時間がある頃合いに現れた私を見て、クラスにはどよめきが起こっている。皆揃って私を部活バカだと思っているみたいで、体調が悪いのかと心配して声までかけてくれる始末。優しいのは嬉しいんだけど、なんだか複雑な気分。

ここで暇潰しに、と教科書でも取り出したら本当に保健室に連れて行かれそうで、私は机にべったりと体を寝かして、予鈴が鳴るのを待った。

本鈴が鳴る一分前。小晴は特に急ぐ様子もなく、小さなあくびを何度も起こし、その度に立ち止まりながらふらふらと覚束ない足取りでクラスに入ってきた。いつも以上にふにゃふにゃしていて今にも溶けて違う生物になってしまいそうだ。

開け放されたままのドアを抜けて、私の姿を見つけると急に歩き方を思い出したようにしゃきしゃきと真っ直ぐ私のほうに向かってきた。短くない付き合いだけど、こんなにキリッとした小晴なんて今までで初めて見たかも。

小晴

よかったぁ。天ちゃん生きてた~

机の前に立って、真剣な目で私を見つめながら、ものすごいことを言い放つ。

いや、勝手に殺さないでよ

小晴はきっと怒ってるだろうと思っていたのに。そんな雰囲気は少しもなくて嬉しそうに覆いかぶさるように私を抱きしめてくれる。

小晴

あの天ちゃんが部活休むなんて事故にあったか誘拐されたくらいしか思いつかなくて

病欠とか普通にあるでしょ

小晴

天ちゃんが病気になんてなるわけないじゃん

それは暗に私のことバカだって言ってるのかな? 小晴の瞳に薄っすらと涙が浮かんでいるせいで茶化すに茶化せないけど。

ちょっと今日は寝坊しちゃったの。アラームかけ忘れて

小晴

そんなこともあるんだねぇ

小晴は私の言い訳に納得したらしく、それ以上の追及はせずに自分の席についた。それと同時に本鈴が鳴り、少し遅れて先生が教室に入ってくる。小晴は抜けていた生霊が帰ってきたように清々しい顔で一時間目の準備をしているみたいだ。いつもと変わらないどころか元気なくらいだ。

私はこんなに小晴のことで悩んでいるのに、とまた意味もなく心がざわつく。

天、天

あ、ゴメン。何?

小晴を睨むように見ていた私に後ろの席の子が小さく声をかけた。はい、と紙質のよくないA四サイズのわら半紙が手渡される。

何、これ?

何、って宿題。早く前に送って

そこでようやく気付く。そういえば小晴がさっきファイルから何かを取り出していたような気がする。慌ててノートを探ると昨日の板書を写したところに今渡されたものと同じプリントがはらりと出てきた。当然解答は一つも埋まっていない。

あちゃー

真っ白な頭で数枚重なったプリントに自分のものを重ねることなく前の席の子に手渡す。

これも小晴のせいだ、と言い訳して、私は本当に物覚えの悪い自分の頭を呪った。

con melancoliaⅠ

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