予定の時間が訪れ、入学式が始まった。
なにやらテンプレ通りのことが行われていく。学園長のオッサンの話は死ぬほどつまらなかったし、――仕方ないとは思うが――新入生代表の、これといって目立った特徴のない男子の宣誓も、あまりにもありがちすぎて、耳から音声が入って、記憶領域に内容情報が蓄積されずにそのまま通り過ぎていく。
とはいえ俺自身は、入学早々面倒なことになって動揺気味であり、その退屈さをじっくりと味わう余裕すらも存在しなかったが。
予定の時間が訪れ、入学式が始まった。
なにやらテンプレ通りのことが行われていく。学園長のオッサンの話は死ぬほどつまらなかったし、――仕方ないとは思うが――新入生代表の、これといって目立った特徴のない男子の宣誓も、あまりにもありがちすぎて、耳から音声が入って、記憶領域に内容情報が蓄積されずにそのまま通り過ぎていく。
とはいえ俺自身は、入学早々面倒なことになって動揺気味であり、その退屈さをじっくりと味わう余裕すらも存在しなかったが。
はぁ……。やってらんねぇなぁ……。
これからどうしたものか。
やっぱり、俺には、まともな学園生活なんて送れる筈が無かったんだ。
俺はきっと、最初から、そういう星の下に生まれたのだ。
そんなことを考えていると、在校生代表の挨拶の時間となった。
どうせ大したことは言わないのだろうが――という思考は、壇上に上がっていく在校生代表を見て、一瞬で撤回する事となった。
普通に体育館用のシューズを履いているようにしか見えないのに、妙に威圧感を受ける足音を鳴らしながら、その主は階段を上り、そしてマイクの前に立つ。
この人、只者ではない。何故そう思うのかは、上手く言葉に出来ないんだが、ここに居る誰よりも――それこそ、俺自身よりも――異質な存在であると、俺の直感は認識した。
私は、一之瀬創。本学園高等部の生徒会長をしているわ。
さて、私が言いたいのはひとつだけ。
――え?
その時、他の新入生と同様、一之瀬会長に視線を釘付けにされていた俺と、他でもない会長の目が合った。
偶然ではない。会長は、視線を全ての新入生に均等に注いでいるのではなく、明確に俺を見て、そのまま言い放つ。
私、つまらない人間には、興味ないの。
そういう人間はきっと、在学中や、高等部を卒業して、進学したり就職したりした後も、それなりに上手くやっていけるでしょうけど、あなた達の"ささやかな幸せと平穏"なんて、私には何の足しにもならない。
期待しているから、精々頑張りなさいな。
――以上。
まともじゃない。
こんなのを聞いて、騒ぎにならないワケが無い。
何を言ってるんだ、この人は。大丈夫なのか?
教師が焦ったように、静かにするよう呼びかけ、新入生を沈静化させる。
あ、それと。
まだ何かあるのか。既に場は混乱しきっているのに、これ以上に事を拗れさせるつもりだろうか。
九十九彰人。あなたは、これが終わったらまず先に、生徒会会議室に来ること。
場所の案内は私がするから、心配しなくて良いわ。
……はぁ?
再び俺は、視線で蜂の巣にされた。
そんな様子を横目に、会長は壇上から下り、体育館の外へと出て行く。
勘弁してくれ。
俺が何したっていうんだ。まだ入学した当日なんだぞ。
心当たりが何一つ無い。
――いや、本当に心当たりは皆無なのか?
その後、混乱した状況のまま入学式は終わり、他の新入生が、各クラスの担任になるであろう教師に案内されていく中、俺は、体育館の外に出た。
そこでは、一之瀬会長が、空を見上げながら待っていた。
ええっと、そうね……はじめまして、アキ……いいえ、九十九さん。
あ、はい……どうも。
困惑しつつも、俺は、会長の物言いに、違和感を受けた。
この人、何で俺の愛称を知ってるんだ?
俺のことを知っているのか?
俺の知らないところで、俺という人間が認知されているのは、不気味で仕方がない。
それじゃ、行きましょうか。
詳しいことは移動してから話すから、今はただ気にせず、来てくれれば良いわ。
"気にするな"なんて、よくそんな無茶が言えたもんだな。
そうは思っても、今取れる選択肢は、この会長に従うこと位なので、そうするしかあるまい。
むしろ、"今、俺はそうするより他には無い"といった事を、この人は言外に匂わせているかのように感じる。
それで。
会長が、俺……ではなく、俺のさらに後方を見た。
なによ。
何故、あなたがここに居るのかしら、天王洲零里(てんのうず・れいり)。
会長が、俺の思ったことを代弁する。
なんでコイツが? 呼ばれたのは俺だけなのに。
もしかして、人の少ないところで、俺に、校門での出来事の文句を言いたかったのか?
分かってるんでしょ? アキがここに居るからよ。
そっかぁ……。
えっ!?
どういうことだ。まるで脈絡が分からんぞ。
俺に何かしら用があるのは、想像がつかないワケじゃない。
でも、何でこの、天王洲零里とやらまで、いかにも俺の事を既に知っていたかのように、愛称で呼んだりするんだ。
――ん? "零里"……? いや、ただの偶然だろう。
おい、天王洲……だっけ?
お前ももしかして、俺の事を知ってんのか?
いえ、知らないわよ、"あなたの事"は。
はぁ?
ダメだ、全く話にならない。
俺は、ひとまず、考えるのを諦めた。
あなたのことは別に嫌いではないから、大人しくしているのなら構わないわ。
でも、もはや言うまでもないでしょうが、ここで、この場所で、私の意に沿わない動きをしようものなら、即刻、弾き出されることになるでしょうから、理解しておきなさい。
それを決めるのは、私ではなくてアキだけどね。
うわぁ……。
俺の知らないところで、話進みすぎだろ。
会長に案内されて来た、生徒会役員会議室には、既に四人の生徒が、席に座っていた。
お待たせ。まな子辺りは、お腹を壊して遅刻してくるかと思ったけど、皆、時間通りね。
ま、まあ、ここが一番、お腹痛くなりにくい場所だし?
来る事に躊躇いは感じないって。
素直に"居心地が良い"って言えば良いのに~。
オラオラオラオラ、オラオラ、オラオラオラ!
(それで、"対象"は? 先日、男子生徒とは聞きましたが、男子の姿が見当たりませんよ。)
判らんか、正義よ。人生一周目の若造には判らんじゃろうなぁ。
そっちの赤髪の美少女……おっと、間違えてしもうた、そっちの美男子が例の男子生徒じゃ。
それにしても……ふむ、性別が違うとはいえ、これはなかなか……。
こら、やめなさいッ! っていうかアンタ、ノンケだって言ってたじゃない!
……確かに、男でもこれは可愛いと思うけどさ。
はて、そんな事言ったかのう。記憶に無いぞい。
もはや年を取りすぎて、忘れっぽくなってしまったわい。
何だコイツら……。
気をつけて。見かけはバカ揃いだし実際のところもバカだけど、只者ではないのは確かよ。
あら、生徒会長の前で、生徒会役員の悪口を言うなんて良い度胸ね。
バカなのは確かだと思うけれど。
うわ、会長ひっどい! 100点満点のテストで全教科130点を取り、そして5段階評価で全教科6を取った記録を持つ私を、コイツらと一緒にしないで下さいっ!
そういう事ではないのだけれど……まあいいわ。
今更にも程があるのだが、もしかして、俺は、とんでもない学校に入学してしまったんじゃないか?
ホントに、何だよコイツら。
女の子二人は一見マトモっぽいけど、人語を解さない不良と、こっちをジロジロ見てくる老人は明らかにおかしいだろ。
生徒会役員であること以上に、学校に居ることそのものが不可解だ。
一之瀬会長が、俺達から離れ、生徒会役員らしい連中が囲んでいるテーブルの方まで歩いていく。
九十九さん、あなたの考えている事は大体分かる。
それ、当たっているわ。
確かに彼ら生徒会役員は皆、"まとも"ではない。
皆……? そっちの女子二人もなのか?
ツインテールの方は妙な妄言を吐いていたものの、見た目はまともっぽいが、そうではないのだろうか。
ええ。"どうかしてる"連中よ。
"どうかしてる"だなんて、そんなぁ~。
私は、献身的でお淑やかな、美少女の鑑ですよぉ?
よく言うわ……。
流石にイライラしたので、目の前のテーブルの脚を、思いっきり蹴ってしまった。
見えたっ! 成程、確かに"ついている”!
お前ら、さっきからワケの分からない話をゴチャゴチャと……!
用が無いなら教室に行くぞ。
あら、ごめんなさい。
苛立たせてしまったこと、謝るわ。
それで、本題なのだけれど。
俺は、唾を飲み込んだ。真っ当な話でない事は、大体想像がついている。
あなた、"特異体質"を持っているでしょう?
そして、今までそれに散々迷惑を掛けられつつも、色々と良い思いをしてきた。
……え?
会長は、何を言っているんだ?
"特異体質"? なんだよ、それ。異能バトルもののライトノベルか何かか?
そんなもんあったら、俺はとっくに――。
そう、あなたはとっくに、社会から、世界から隔絶されている。
あなたの有する<因子(ファクター)>、<コード九九>の力によって。
<因子(ファクター)>? <コード九九>?
いやいや、幾らなんでも世界観狂いすぎだろう……。俺は……。
そうやって、知らないふりをしても無駄よ。
そうね――。
一瞬、一之瀬会長が、何かしら思案する様子を見せた、その直後。
うわあっ!?
会長が立っている位置の傍の席に座っていたツインテール女。
彼女の座席が、唐突に――まるで入学式の時のそれみたいに――壊れた。
そして、不自然なことに彼女は、一之瀬会長の手を引いて巻き添えにし、そのまま床に、仰向けで叩きつけられた。
いたたた――
って、えええ!?
――って、いつものですか。流石に慣れましたけど……慣れたんですけどっ、その、執拗に胸を弄るのはやめてくださいっ!
何故か、ツインテール女の制服の内側に、会長の手が入っており、ちょうど胸を触る形となっていた。
なっ!?
偶然というには、あまりにも唐突で、あまりにも出来すぎているその現象。
まさか。そんなまさか。
会長も……?
そう聞くと、会長はツインテール女の制服から手を抜きとって、立ち上がったうえで答えた。
ええ。
というより、これは、私の有する<因子(ファクター)>、<コード壱>が引き起こす副産物に過ぎない上、あなたのそれよりも制御が利くけれど。
こんなこと、俺だけだと思っていた。
そう、俺は、中学に入学した辺りから、いわゆる"ラッキースケベ"を、対象の性別や年齢に関係なく引き起こしまくる体質を得てしまったのだ――!
つ、続く……?