ある日の、観想学園・学園長室。
 そこには、三つの人影があった。
 三人はソファに腰掛けており、ゴスロリ風の女と、黒の衣服に身を包んだ男が、学園の生徒と思しき少女と向き合う形になっている。
 

一之瀬創?

急に呼び出して悪かったわね。

九十九彰人?

は、はぁ。
……それで、急に呼び出して、僕に何か用ですか?

一之瀬創?

あらあら。学園長相手に、随分な物言いね。
まあ、構わないけれど。

成程。実際に会ったのは初めてだが、こう……何というか……憂いを秘めた顔が可愛らしいな。是非、おつき合いしたいものだ。

九十九彰人?

うわっ……何なんですか、この人。
学園長、学内に不審者を入れていいんですか?

一之瀬創?

ああ、ごめんなさい。この人は不審者では無いのだけれど、可愛い女の子に目が無いもので。
後でキツく叱っておくから、今日のところは許してあげて下さらない?

九十九彰人?

なんでもいいですけど……。
それで?

 少しの間、部屋の外の風音(かざおと)が聞こえる程の沈黙が訪れる。

一之瀬創?

妙な事を聞くかもしれないけれど――。

九十九彰人?

はい。

一之瀬創?

あなた、この世を"生き辛い"と思ったことは無い?

九十九彰人?

……なんでまた、そんな事聞くんですか?

一之瀬創?

あなたを見ていて、そう思ったものだから。

九十九彰人?

見ていた? 僕をですか?

一之瀬創?

ええ、ずっと見てきたわ。接触を試みたのは初めてだけれど。

九十九彰人?

もしかして学園長、ストーカーか何かですか?
コトによっては警察沙汰にしますよ?

一之瀬創?

まあまあ、落ち着きなさい。
私の話を聞けば、そんな気は無くなると思うわ。

九十九彰人?

そうですか。

一之瀬創?

ええ。
あなた――<因子(ファクター)>を持っているのでしょう?

九十九彰人?

えっ、な、何だって?

一之瀬創?

<因子(ファクター)>。
あなたのその、"特異体質"のこと――こう言えば、心当たりがあるわよね?

九十九彰人?

あはは、何言ってるんだか……。

一之瀬創?

"あなた、そうやって何時までも、周囲を、そして自身を拒絶していくつもり"?

九十九彰人?

……仕方ないじゃないですか。
僕はいつだって、<此れ>に迷惑かけられてきたんですから。

一之瀬創?

ならば、<其れ>を受け入れてしまえばいいのではないかしら?
どの道、あなたはもう既に、社会に居場所が無いと感じているのだから。

九十九彰人?

分かったような事を……。

一之瀬創?

だって分かるもの。私も、同じなのだから。

九十九彰人?

えっ……。学園長も?

一之瀬創?

ええ。
だから――あなたとは仲良くなれそうね?

九十九彰人?

僕は――。

 そして、現在の生徒会役員会議室では、創が一人、物思いに耽っていた。

一之瀬創

……やれやれ。
"最初の彼女"は、あんなに扱いやすかったのだけれど、今回はどうかしらね……。
そろそろ入学式が始まる頃かしら。

一之瀬創

さて、今回の彼女――いえ、"彼"は、一体どんな反応をしてくれるのかしら。

 これから入学式が執り行われる体育館には、既に多くの新入生が集まっていた。

九十九彰人

ええっと、俺の席は……。
θ列の4席目か。

 俺が席――三列構成のうちの真ん中だ――につくと、既に両側に居た新入生、恐らくは同じクラスになるであろう奴らが、両方とも、こちらをガン見してきた。

ケビン

レディ、ディスチェアーはプロバブリィチェアーフォーボーイズだよ。
ユーアーミステイクン! ハハッ!

九十九彰人

いや俺、男だから。(なんだコイツ……)

ケビン

ファッ!? オオゥ、それはソオリィ。まさか、こんなキュートなボーイがイグジストするとはシンクしなかったよ。

田中

ふむwww所謂"男の娘"というヤツですなwwwウヒョォwwwたまりませんぞぉwww

九十九彰人

えっ、いや、そういうのでは無いんだが……。
って、言っても無駄か……。

 右にはよく分からない言葉で喋るイケメン、左にはオタクのテンプレみたいな話し方をする男。
 最初に出会った同級生がこんなヤツらなのは偶然か必然か――いや。

……。

 同じ列の少し後方では、校門で俺が乳を揉む羽目になった女子が、特に周囲と奴らと会話することも無く、こちらをじっと見つめていた。
 最初に出会ったのはコイツだったな。

何だ? 俺、睨まれるような事なんかしたか?
……したな。思いっきりしたわ。
変な噂にならないといいけど……。

 後ろを向いていると、ふと、アイツと目があった。
 すると、アイツは、いかにも"ふんっ!"とか何とか言いそうな感じでそっぽを向いて、目を逸らした。うん、可愛い。
 非常に可愛いのだが――間違いなく嫌われてるな。

 そんな、言葉無きやり取りをしていると、隣からイケメンが話しかけてきた。

ケビン

何はともわれ、今後もよろしくな。ああ、俺はケビンだ。

九十九彰人

ああ、よろしく。俺は九十九彰人。
(ちゃんと日本語話せるんだ……まだ初日なのに、もはやキャラ付けが徹底できてないぞ。)

九十九彰人

っていうか、あんた何人だよ? なんだよ"ケビン"って。漢字でどう書くんだ?

ケビン

よく間違われるけど、純粋な日本人やで。"ケビン"は普通にカタカナやでぇ。

九十九彰人

へぇ。そりゃあまた、随分と珍しい。

田中

コポォwww某は田中でござるwwwフォカヌポゥwww

九十九彰人

お、おう……。(コイツら、聞いてもいないのに自分から名乗るなんて、わりとコミュ力高いな。)

 それにしても、席に座った時から気になっていたが、ケツに何か、違和感がある。
 どうやらパイプ椅子の質が悪く、座面がかなり斜めになっている。
 クソ、このまま入学式が終わるまで、我慢していないといけないのか。

ケビン

ところで――

 ケビンが何かを話そうとしたのと同時――それは起きた。
 ああ、幾ら椅子の質が悪いといっても、ここまでとは予想していなかったな。

 椅子が壊れ、俺のケツは、派手に床へと叩きつけられる筈であったが、代わりに感じたのは、全身を強く締められるような感覚。
 思わず、雌のような声をあげてしまったじゃないか。

九十九彰人

……あれ?

ケビン

お、おう、大丈夫か?

 俺はケビンに抱きしめられていた。

田中

おっ、ホモか?

腐山

ウッヒョオオオオオオオオオオアバババッババ!!!

 後ろの方から女の雄叫びが聞こえる。
 周りを見渡すと、大体7割の新入生が不審の目で、残り3割が好奇の目で俺を見ていた。
 まずい。まずいぞ。
 

九十九彰人

大丈夫だから! いいから放せ!
俺に気安く触るんじゃないっ!

ケビン

ああ、わりぃ。昔からこうなもんで。

九十九彰人

全く。お前が多分良い奴だってのは分かったけど、気をつけろよな。

ケビン

すまん……。

 まあ、なんだ。この男、第一印象は最悪だったが、気安いだけで、案外普通なんだろう。
 でも、俺は男には興味ないからな。

 周りがそわそわしている中、俺の椅子は取り替えられた。
 そして、そうこうしている内に、いつの間にか新入生用の席は満席となっていた(それらの新入生の殆どは、こっちをチラチラ見ていた)。
 さて、そろそろ入学式が始まる時間だな。

―――続く!

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