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この『能力』を自覚した時、私は天にも昇る気持ちになった。
自分以外の人間と意識をリンクすることが出来る。これほどまでに素晴らしいことがあるだろうか。

これで私は、あの人の全てを知ることが出来る。

私があの人と出会ったのは、高校に入学した時だった。
父の影響で男っぽい口調である私は、中学時代、碌に友人と呼べる存在が作れなかった。
後輩である香澄は私を慕っていたが、彼は私を憧れの存在として必要以上に美化している様子がある。友人と呼ぶには上下関係があるような気がした。
高校に入っても、私には対等の友人は出来ないものだと思っていた。

だがあの人は、私の前に現れた。

あの人は私の口調も、性格も受け入れてくれた。その上で私が好きだと言ってくれた。
私とあの人が付き合うのに、あまり長い時間は掛からなかった。
香澄にあの人を紹介したとき、彼はあの人に喰ってかかったが、それでもあの人を否定することは言わなかった。香澄もあの人が本当に私のことを好きでいてくれているのがわかったからだろう。

そして、あの人は決して私に価値観を押しつけることはしなかった。

私の口調にも性格にも理解を示してくれたし、それが他人に迷惑をかけるようなら直せばいいし、そうでないならそのままでいいと言ってくれた。本当に嬉しかった。私は一生この人と一緒にいるものだと思った。

だが私は、疑ってしまった。

あの人はなぜ、私にここまでしてくれるのだろう。こんな無条件に、私のことを思ってくれるのだろう。
一度心に浮かんだその考えは、どうしても私の中から離れなかった。
そんな時だ。私が『能力』に気づいたのは。
初めは単なる気のせいだと思った。他人の考えが浮かんでいるとは思いもしなかった。
しかし、次第に私は『能力』を自覚し、使いこなすようになっていた。他人の意識に入り込めるようになっていた。
そして私は、禁断の行いをしてしまった。

あの人の意識とのリンクを試みたのだ。

結論から言えば、あの人は本当に私を愛していた。それどころか、私との結婚生活までそう遠くない未来として計画を立てていたのだ。
それを知った時、思わず涙を流した。あの人の愛が本当のものであることが、言葉では言い表せないくらいの喜びだったのだ。

しかし、彼は私に激しい怒りをぶつけた。

なぜそんな『能力』に頼ってしまったんだ!

なぜ僕を信じてくれなかったんだ!

不安ならどうして言ってくれなかったんだ!


その日、私たちは学校の廊下で口論になってしまった。
私は愚かにもなぜあの人がここまで怒っているのかがわからなかった。
好きな人のことを知りたいのは当然のことだし、あの人にも私の思考を流した。
条件は対等ではないのかとも言った。
だが、あの人はそれを否定した。

昌子。僕は君にそんな『能力』があっても君を愛する自信があった。君と添い遂げることが出来ると思っていた。だけど君はその『能力』ありきで僕との関係を保とうとしている。僕が信じられなくなったらその『能力』に頼って僕をつなぎ止めようとしている。それを僕は受け入れられない

夜ヶ峰 昌子

何を言っているんだ! 私はあなたのことが知りたかった! あなたの全てが知りたかった! 恋人同士なら当然の感情ではないのか!?

違う! いくら恋人でも、僕と君は別の人間だ。踏み込んではいけない領域がある。僕が信じられないのであれば、言葉でそれを伝えて欲しかった。だが君は僕の中に入り込んで、一方的に僕のことを知ろうとした。そんな関係を、対等とは思えない

夜ヶ峰 昌子

私は、あなたを下に見てなんか……!

昌子、僕は君のために生きているんじゃない

夜ヶ峰 昌子

……!

僕は僕の幸せのために生きている。だが勘違いしないでくれ、決して自分だけのために生きているということじゃない。
君と一緒にいることが僕の幸せにつながっていたんだ。君を幸せにすることが、僕の幸せでもあったんだ。君もそうだと思っていた。だけど君は僕という存在に拘り過ぎている。僕を失うことはそのまま自分の不幸になると考えている。そうじゃないんだ。
僕の存在は、君の幸せの足がかりにしか過ぎない。僕に依存する必要なんてないんだ


……いやだ。
私はこの人を失いたくない。私にはこの人しかいない。
いやだいやだいやだ。
絶対に、絶対に失いたくない!

昌子……僕たちは一度距離を置く必要があるかもしれな……

夜ヶ峰 昌子

いやだああああああ!

っ! 昌子!?


私は思わずあの人に対して『能力』を使ってしまった。

う、うわ、うわあああああああ!?


私が彼の中に入り込もうとしたとき、彼はその事を察して逃げ出してしまった。
そして――

あっ!?


気が動転していたのか階段を踏み外してしまい、そのまま転落した。

夜ヶ峰 昌子

え……?


私が階段から聞こえた音に気づいて、そこに向かったときには。

……


恐怖の表情で固まったままの、彼の死体があった。

夜ヶ峰 昌子

あ、ああああああああああ……


その後、私は意識を失ってしまい、どうなったのかはよく覚えていない。
だけど、あの人がもういないことを知った私は、何度も自殺を図ったそうだ。
それを必死になって引き留めたのが、香澄だった。

流矢 香澄

先輩がいなくなるなんていやです!

夜ヶ峰 昌子

離してくれ! 私は、私はもう!

流矢 香澄

いやだ! 俺は先輩が好きなんです! 先輩を失いたくないんです!

夜ヶ峰 昌子

私はあの人を失った! 君にとっては都合がいいだろうな! 恋敵がいなくなったんだから!


今思い返してみれば、随分と香澄にひどい事を言ったような気がする。
それでも、香澄は諦めなかった。

流矢 香澄

俺もあの人がいなくなって悲しいです! 先輩があの人と作れる幸せはもう作れない! 先輩にとってそれが一番の幸せだって、俺もわかっていたから!

夜ヶ峰 昌子

……なんで、なんでそんなことが言える!?

流矢 香澄

俺が心からそう思っているからです! 俺は、俺は上手に取り繕うことなんてできない。思ったことを言ってしまう! だから、先輩を失いたくないのは俺の本心です!


本心……?
そうだ、香澄は思ったことを言ってしまう人間だ。
これは彼の本心。私が『能力』を使おうと使わまいと、彼の答えは同じ。
どうしてだ。どうして私は、こうなる前に香澄に相談しなかった。

私は結局、誰も信じていなかったんだ。

それから、私は香澄と行動を共にし、少しずつ立ち直っていった。
香澄は積極的に高校に顔を出し、元々猛勉強をしていたこともあって、私と同じ高校に合格した。
だが、香澄は決して私のために努力しているのではない。彼がしたいからしているのだ。それは『能力』を使わなくともわかった。
私はまだあの人のことを忘れることはしていないし、これからも忘れるつもりはない。
それでも私は香澄を、そして自分を信じてみようと思った。

私の幸せのために、生きてみようと思った。

そして、入学した香澄を見に行こうとした時、私は神楽坂なる新入生を見つけた。
そして気づいた。彼女が『能力』を使っていたことに。
入学式が終わり教室に向かう彼女とすれ違ったとき、私の『能力』が勝手に発動し、新入生が心の中で何者かと会話していることを知ってしまった。
そして階段で再び彼女を見た私は、久しぶりに自分の意志で『能力』を使い、彼女の心の中を見た。

彼女は、恋人に自分の身体を差し出すつもりだと知った。

当の彼氏サンの方はそれを必死に阻止しようとしていた。彼女自身の幸せを願っていた。
だけど私には、新入生と彼氏サンの両方が自分をないがしろにして、お互いのために生きているように思えた。
似ている。この二人はあの人に依存していたころの私とあまりにも似ている。
だから私は彼と彼女に接触した。二人を助けるために。

……今、私がこんなことを思い出しているのは、おそらく目の前の人物が原因だろう。

神楽坂 藍里

こんにちは、夜ヶ峰先輩


満面の笑みで、私の前に現れた神楽坂 藍里が。

第四話・2 神楽坂敵対関係・その2

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