第四話 神楽坂敵対関係
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藍里が流矢の体を僕に献上する意志を明らかにした二日後。
僕は大きく動揺していた。
藍里が流矢を殺そうとしていることを知ったから?
それもある。だが、僕が今置かれている状況も関係している。
第四話 神楽坂敵対関係
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藍里が流矢の体を僕に献上する意志を明らかにした二日後。
僕は大きく動揺していた。
藍里が流矢を殺そうとしていることを知ったから?
それもある。だが、僕が今置かれている状況も関係している。
……なんで僕はこんなところにいるんだ?
僕がいたのは、藍里の家の近くにある住宅街。
僕は昨日、藍里の目的を知った後にまた意識を失い、気がついたらここにいた。
携帯電話の時刻表示で時間はあれから一日半経った程度なのはわかった。
だが、僕が気がついたらここにいたということは、藍里がここまで足を運んだということだ。
いったいなぜ?
しかしその疑問はすぐに解決した。目の前にある家の表札を見る。
『流矢』と書かれた表札を。
そうか、ここは流矢の自宅!
藍里は一昨日、僕と流矢が帰宅するときに流矢が曲がった道から自宅の位置に見当をつけていたんだ。
そして昨日、自宅を突き止めていた。
だとしたらまずい! 早くも藍里は流矢の人格を……
いや待て? 何で藍里はこの状況で僕を『表』に出したんだ?
『能力』は藍里にしか使えない。藍里が流矢の人格を殺すつもりなら彼女が『表』に出ていないといけない。
それを考えると、この状況で『僕』を表に出す必要があるのか?
あれ? おお、おはよう栄町
そう考えていると、家から流矢が出てきた。
な、流矢! 僕に近づいちゃだめだ!
はあ? あれ、お前その手に持っているのはなんだよ?
え?
流矢の指摘で、僕はようやく右手に何かを持っていることに気がついた。
これは……ボイスレコーダー?
僕が持っていたのは手のひらからちょっと余るサイズのボイスレコーダーだった。
こうやって手に持っていたということは、藍里が使っていたということだ。でも、なんのために?
お前、自分で何を持っているのかわかっていなかったのかよ?
それが、僕はついさっき意識を取り戻したばかりなんだ。ここに来たのは、おそらく藍里の意志だ
神楽坂が? 俺に何の用があるんだ?
そ、それが……
僕は流矢に藍里の目的を話した。
なっ……神楽坂が俺を!?
もちろん、僕はそれを阻止するために動く。しかし、交代の権利が藍里にしかないこの状況では、僕らは非常に不利だ
いや待てよ。じゃあ何で神楽坂は今、お前に身体の主導権を渡しているんだよ?
それは僕もわからない。いや、もしかしたら……
僕は手に持ったボイスレコーダーを操作してみる。
やっぱりだ。三十分前に録音履歴がある。藍里のメッセージかもしれない。再生してみよう
再生ボタンを押すと、聞き慣れた声が発せられた。
大護さん、このメッセージを聞いているという事は、どうやらまた自動で交代してしまったようですね
やはりボイスレコーダーに残されていたのは、藍里からのメッセージだった。
だが何だ? 『自動』? 人格が交代したのは藍里にとっても想定外のことだったのか?
率直に言います。私は今、人格交代の権利を失っています。どうやら私たちは不定期に自動で交代してしまうようです
自動で交代。だから僕は今、『表』に出ているのか。
さらに、一昨日大護さんに計画を話した後、大護さんに何度も呼びかけを行っていたのですが、人格を交代することも会話も出来ませんでした。もしかしたら、大護さんが私の中にいられる時間が少なくなっているのかもしれません
……確かに。
僕が意識を保っている時間は短くなっていっている。さらに、僕が『表』に出ている間は藍里は眠っているようだ。
やはり夜ヶ峰先輩の推測通り、藍里の体が僕という人格を排除しようとしていて、人格の自動的な交代や藍里との会話が出来なくなったのはその兆候なのかもしれない。
もはや一刻の猶予もありません。すぐに『器』に大護さんを移したいのですが、私の『能力』でどうやって大護さんを移し替えるかはまだ模索中なのです。申し訳ありません
しめた!
藍里は謝っていたが、僕としては好都合だ。
まだ藍里もどうやって流矢の人格だけを抹殺出来るかはわかっていない。
うまく僕が『表』に出ているうちで流矢から離れられれば……
ですがご安心ください。必ず大護さんを元の体に戻します。もう少しお待ちください
その言葉の後、再生は終わった。
ちっ! 俺は『器』扱いかよ
藍里からのあまりの扱いに、流矢が舌打ちする。
でも好都合だ。こうして僕と君が藍里の状況と目的を知ることが出来た。僕はこれからこの町から出来るだけ離れる。その間に僕が藍里の体から消え去ることが出来れば全てが終わる
……気に食わないな。お前は消える前提かよ
何度も言うが、僕が藍里の体の中にいるわけにはいかない。とにかくだ、次に君の前にこの姿が現れたとしたら、それは僕ではなく藍里だ。そうなったら全速力で逃げろ
……
流矢!
わかったよ……
最後まで不服そうな顔をしていた流矢と別れ、僕は町から離れるために駅へと向かった。