無重力空間に二人が浮かび上がり、距離を取り、開始の合図が鳴る。


 ロジャーは動かず、ふわふわと浮いているだけだ。
 相手の様子を見ているのかもしれない。アイリーはというと、くるくるとその場で回っている。

 横にではなく、縦に。まるで浮遊を楽しんでいるかのようだ。


 くる、くる、くる、くる、くる。

 五回目の回転を終えたところで、彼女は突如、ロジャーに向かって脚のブーストを光らせた。

 目にもとまらぬ早さで、ロジャーへと向かう。当のロジャーも、彼女とほぼ同タイミングで彼女に向かっていた。


 最初から、真っ向勝負だ。


 ぶつかる、と何人もが叫ぶ。

 それほどまでにぎりぎりの距離まで詰めより、ロジャーは上へ、アイリーは下へと方向を転換させた。

 それと同時に、二人で同時に発砲を開始する。そのタイミングは、まるで示し合わせたようにぴったりだった。


 芸術。そのシンクロに、観客は発狂する。

 思わず俺も、わあわあと気がつけば声をあげていた。
 数秒で、こんなに熱狂した試合はない。

 くるくると踊るように相手の攻撃を避けながら、雨のように発砲するアイリー。

 その攻撃を最短の移動で避けながら、確実な攻撃を続けるロジャー。

 遠退いて、近づいてを繰り返し、時には銃を宙に置いて肉弾戦になるのだから、もう、熱狂する他ないだろう。



 その度に、凄いと思う度に考える、彼のその先。
 きっと、全員が思っているはずだ。それでも、彼を応援するために、自分を鼓舞するために、熱狂することが、一番いいのかもしれない。


 彼は、ロジャーは、誇り高き王様のように、常に強くて、前を向いて、戦うのだ。

 勝負は、長く続いた。何十分戦っていただろう。俺にはわからないタイミングだろうが、

 しかし、確かに二人の戦いのなかで、ひとつのほころびが、ミスが、生まれたようだった。


 そのミスをうみだしてしまったのは、アイリーだった。

 わっ、と観客全員が驚きの声をあげると同時に、アイリーが右手に持っていた銃がふきとんだ。

 二人の距離は遠かった。

 しかし、その遠さをものともせず、右手の銃が吹き飛んだことで、右手も少しその銃にひっぱられ、開いてしまった胸元、ガードが薄れたそこに、迷うことなくロジャーの攻撃が繰り出される。


 一瞬だった。銃が吹き飛んで、コンマ、何秒たったのだろう。

 胸元の急所を、光の弾丸が貫いた。アラーム音が会場中に響き渡る。勝負が決まった。


 会場中がロジャーコールで包まれる。俺も、跳び跳ねて喜んでいた。

 ロジャー、ロジャー!


 敗北したアイリーは、しばらく呆然と浮遊したのち、満足したように微笑んだ。それを見て、よかったぞと叫ぶ客が現れ、気がつくと、彼女を讃える拍手で会場中が包まれる。


 ステージに降り立ち、ロジャーが何か二言三言アイリーの耳元で呟いた。
 アイリーは笑い、何かを呟き返している。いい光景だった。さあ、ハッピーエンド。二人が握手を交わした、そのときだった。





 彼女の体を包んでいた映像の一部が、乱れた。





 俺から見えたのは、背中の部分と脚の部分の歪みだった。灰色の、モザイクのような模様が、彼女を歪ませる。


 誰かの叫び声に気がついたのだろう、アイリーは自分の体を見渡し、事態に気がついたようだ。

 ああ、と口を押さえた彼女が、俺の最後に見た、姿の違う彼女の姿だ。


 誰かが電源をおとしたのだろう。会場中が暗くなる。












 数秒後、明かりが再度ともったときにはもう、彼女は姿をくらませていた。

 ざわつくなか、アナウンスが流れる。

 すべてがパフォーマンスでしたよ、勝負以外はね、という気のきいたアナウンスに、会場中が安堵する。しかし、実際はそうではなかったはずだ。


 そういえば、昨日アイリーが訪れたときに、機械の故障が、とかなんとか言っていた気がする。映写機は、完全になおっていなかったのかもしれない。

水、ちょうだい

 ロジャーの声に、俺ははっと我にかえる。おう、と水を差し出すと、ロジャーは無表情でそれをごくごくと飲み干した。

おつかれ

最後までどたばただったな。でも、強かった、あいつ

どっか、いっちまったな

最新型の映写機、使ってたな

 ロジャーの言葉に、どきりと心臓が跳ねる。やはり、ばれてしまったようだ。

2 赤色の君は未来の英雄(13)

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