なんと。連戦連勝、無敗無敵のロジャーに立ち向かうのが、虫も殺さなそうなこのアイリーだなんて。

私は、今まで一度も品評会に参加したことがありません……実行委員ですので……この赤の服はその象徴なのです……名誉ある役職なんですよ。

でも、じつは戦闘もすごく得意なのです。

そのことを知っている人はごく一部です……知られたら最後、品評会に参加させられますから。

私は、あくまでも実行委員として、誇りをもって最後まで仕事を全うし、その後はナビゲーターとして戦地に赴く予定でした。

戦地と言っても、安全な場所ではあるのですけれど……

 この世界は、男女関係なく戦争に参加させられる。

 その知識はセイさんによって植え付けられていたので、驚くこともなく聞くことができた。

 実行委員の重要さについての知識も植え付けられていた。女性の中で特に人気のそれは、倍率うん百倍の狭き門だ。
 アイリーは相当優秀な人材らしい。

 戦士にはならない、実行委員としての誇りがあるのだろう。

 でも、それゆえに、品評会を盛り上げなければならないという使命もあり、板挟みで大変、どうしよう、というのが彼女の心境のようだ。

分かった、いいよ。俺は、ロジャーがごねた場合、あいつを後押しすればいいんだね

はい、それともうひとつ

 アイリーは、腕についているボタンを押した。

 カシャンと音がして、腕の一部がスライドする。
 どうやらそこに、なにか小さなものを入れられるスペースがあるようだった。かっこいい。


 そこから彼女が取り出したのは、赤いスイッチだった。

 怖っ。

 思わず体を後ろに反らすと、違うんですよと彼女はこちらの気持ちを察したように笑った。

危険なものではありません。これを押すと、私が私でなくなります

 今度は首をかしげる。

 言っていることがよく分からない。それも察したのだろう、アイリーはえっと、と説明を始める。

私がロジャー様のお相手、ということは言いましたよね。

しかし、もちろん私のままでは参加することができません。

そこで、最新式の映写機を使うのです

 映写機、と言われてピントくる。

 そういえば、ロジャーが映画を見たときに言っていた。もうすぐ映像を纏える技術が映画館に投入される、とかなんとか。

最新式の映写機って、体に映像を写し出す?

そうです、よくご存じですね。

映写機四台を使用し、私に向かって四方から映像を当てるような仕組みになっています。

そうすると、私の姿は別人に早変わり、ということです。それこそ、まるで魔法みたいに

 最後の言葉にぎくりとしたのは言うまでもない。まさしく俺のような状況に、彼女もなる、と。

 ますます俺の参加しているこのゲームも、最新式の映写機が発明されたこの世界のさらに未来で行われているものなのではと考えてしまう。

それで、そのスイッチを、俺が?

そうなんです。

この映写機のことを知っている人数、と言いますか、そもそもこの計画のことを知っている人物は上層部の方がほとんどで、その方々は来賓席にいらっしゃらないといけませんから、私の手伝いをすることができません。

映写機係が四人と、私以外に、自由に動ける人がいないのです

 さらに困ったことに、と彼女は続ける。

映写機すべてが同時に入らないといけないのですが、そのスイッチを、映写機を運転している四人の誰かが押すと、対角の距離にいる映写機が起動しないことが分かったのです……まだ狭い範囲でしか使えなくて

 もちろん彼女が自分でスイッチを押すことも考えたが、彼女が待機する場所も会場の隅であり、映写機に信号が届かない場合が考えられるそうだ。

ロジャー様はその日の主役です。

ご友人のあなたと共に、常に舞台の真ん中、つまり会場の真ん中付近にいらっしゃる予定です

つまり、スイッチを押すのに俺が適任だった、と。

ロジャーの背中を押す係りも一気にできるし

はい、その通りです。よろしければ、是非

 机に額がつくほど頭を下げ懇願する姿を見て、俺は慌てた。

顔をあげてください。

大丈夫です、協力しますよ。

ロジャーも、強い相手を求めているはずですし。楽勝ばかりではつまらないでしょう

 アイリーはゆっくりと顔をあげ、神妙な面持ちでこくりとひとつ頷いた。

楽勝ばかりでは、自分は大丈夫だと、過信してしまいます。

それは、避けなければなりません

 過信。なるほどと俺は頷きかえす。

 三年も連続で優勝していて、自分の力を信じるなと言う方が無理だろう。

 それは自信に繋がる、いいことでもあるが――命を懸けて戦うときには、過度に無い方がいいのかもしれない。

 自分は大丈夫だと、戦地で思ったら。

 そうだそうだと俺は身を乗り出す。戦地で思い出した。いいことを思い付いた。

協力しますから、ひとつ俺にも協力してください

2 赤色の君は未来の英雄(7)

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