食後、部屋に戻り一人でくつろいでいると(大画面のテレビ鑑賞は最高だった。サンザシもおおはしゃぎ)、ノックの音が部屋の中に響いた。

 控えめなノックだ。これだけ近未来でもノックはノックなんだなあと意味不明なことを考えながら扉の前に立つ。

 扉が透明になり、誰が向こう側にいるのかが分かった。

 こちらからは見えても、向こう側からは見えない優れ物の扉――その向こうにいたのは、俺がこの世界に来た際に、俺を助けてくれた女性だった。
 名前はたしか、アイリーだったか。


 小柄なアイリーは、その体のなかに目一杯の不安か何かを詰め込んだんじゃないかと言うような、神妙な顔つきをしていた。

 眉にきゅっとシワを寄せ、背筋をまっすぐと伸ばし、俺が出るのを待っている。

 うーん、ただ事ではないような雰囲気。

 扉に手をかざして開けると、アイリーは静かに頭を下げた。どうもと俺も下げ返すと、やめてくださいと慌てられた。

 ロジャーに招かれた客である俺は、それなりにVIPらしいのだが、そんなの俺もお断り。

 王子様や王様は、ロジャーを見る限り楽しいものではなさそうだし。

どうぞ、楽にしてください。お互い仲良くいきましょう、ね

 といってもこの子のことよく知らないけれど。

 セイさんがくれたのはあくまでこの世界の常識のような知識だけのようだ。

……仲良く

 その言葉を噛み締めるのか。俺も少し、返答に困る。仲良く、あの、とアイリーは言い淀んでいる。さっきのはつらつさはいったいどこに消えたのか。

仲良く、なれましたか……あの、えっと

ロジャーと?

 その名を出すと、彼女の表情は急にぱっと明るくなった。

 ロジャーが太陽なら、彼女は花のようだった。

はい、そうです、ロジャー様と!

とっても仲良くなりましたよ。あいつはいい奴ですね

あい……つ!

 しまった、呼び方が気さくすぎたか、とも思ったが、その呼び方は大正解だったようで、アイリーはそうですかそうですかと、嬉しそうに何度もうなずいた。

えっと……その

 俺が戸惑っていると、いえ、と彼女は首を横に降った。

ロジャー様のことを、あいつって、そんなふうに呼ぶ方って本当に少なくて。さすが、選ばれた方ですね

 なんだその、選ばれしなんたら、みたいな肩書き。

 しかしよく考えれば、未来の英雄、王様ロジャーの友人として選ばれたのは、間違いない。

いえいえ、そんな……ところで、どうしました?

 なぜこの子は突然、不安が一杯といった表情で現れたのだろう?
 俺が訊ねると、アイリーはえっと、と口ごもる。なんだなんだ。

えっと、ひとつ、お願いがあって

 不安そうな目は、相変わらず。心配になるが、俺は黙ってひとつ頷く。

今度の品評会で……サプライズを計画しているんです。それに、ご協力いただきたくて

 ……サプライズ?

 立ち話もなんなので彼女を部屋に入れ、詳細を聞いた。
 まとめると、今年の参加者から推測するに、ロジャーの勝ちは決まっているので、いまいち盛り上がりにかけることが予想される。そこで、ロジャーよりも強い人を突如登場させ、場を盛り上げる。その計画に荷担してほしい、と。

私、実行委員なんです。だから、必死で

 しゅん、と彼女は俯く。仕事をしているときは元気はつらつとしているが、普段はおとなしくてまじめな人のようだ。

 そういえば実行委員なのになんでスーツを着ているんだ、と思ったそのときに、植え付けられた記憶により、そういえば実行委員も品評会で何かがあったときのためにスーツを着ているんだ、と思い出す。

 疑問が頭のなかですぐに解決する、この感覚、どうにも慣れなくてむずむずする。

いいけど……なんで俺?

ロジャー様との仲のよさを見込んで……突然乱入してきた相手と、ロジャー様は戦わない、戦いたくないとおっしゃるかもしれません。

それをふせぐために、あなた様にロジャー様の背中を押してほしいのです。いいじゃん、戦いなよって

なるほど……でも、じゃあ、ロジャーとその相手で事前に話しておいて、サプライズの振りをすればいいだけなんじゃない? 

イベントなんだしさ、勝負は本気でするとしても、ロジャーに前もって言っておけばいい

 俺の提案に、彼女はしゅん、とうなだれる。

……相手は、言えないのです

……そんなにビップなの?

いえ……私が考えているロジャー様のお相手は……私なのです

2 赤色の君は未来の英雄(6)

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