百人一首の解説をしていた笹塚先生とそれを聞いてくれているトオル君。
「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」
(訳)秋の田の仮小屋の屋根が粗いので
水がしたたって、衣がぬれている。
トオルは先生の問いかけに対して、この歌は「そこに居ないひと」が詠んだのではないかと想像した。
この歌の詠み手が先生と仮定して、仮小屋で作業するトオル君のことを詠む先生の気持ちって??
百人一首の解説をしていた笹塚先生とそれを聞いてくれているトオル君。
「秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ」
(訳)秋の田の仮小屋の屋根が粗いので
水がしたたって、衣がぬれている。
トオルは先生の問いかけに対して、この歌は「そこに居ないひと」が詠んだのではないかと想像した。
この歌の詠み手が先生と仮定して、仮小屋で作業するトオル君のことを詠む先生の気持ちって??
さあ、なんで
…
ドキドキ…
俺はお前のことを
…
ドキドキ……
詠むんだ?
…さあ?
じゃあヒント
ほっ
たとえば、先生は貴族だとしよう
それで?
俺は牛車(ぎっしゃ)に乗っている
少し考えて、先生は口を開いた。
…秋だし、紅葉狩りにでも行ったんだろう
その日、貴族笹塚はお供を連れて紅葉狩りに出掛けた。
ほう
それで俺はお前のいる田んぼの傍を通りかかった
貴族笹塚は牛車に乗って、のんびりと山道をいく。
…
そこを通りかかったとき、貴族笹塚は不意に思い出す。
あの少年がいたのは確かこの辺りだったと…
使用人に牛車を止めるようにいう
ど、どうしよう
そこは谷間に作られた田んぼ。
日に照らされて、山々の紅葉が黄や赤に照り輝く。
美しさに思わず目を細めるほど。
その田んぼの脇に…この時期ならばあるはずだ…
そこで俺は簾(すだれ)を上げて
なんか
お前がいるだろう小屋を
ドキドキする
探すんだ
…
お前はどうしているだろうかと
さる夏の日、貴族の乗る牛車の前に飛び出した野良着の少年は、怯えた眼をしていた。
牛車ががくりと急停止したため何事かと御簾をあげると、今まさに使用人が罵声を浴びせるところだった。
「やめよ」
貴族は使用人に命じた。
満足に食を得られない体はやせ細り、夏だというのに震えていた。
「……」
少年は、慌てて立ち上がると何も言わずに森へと消えていった。
あれから数か月、貴族は再びそこを通りかかる。
気になるんだ…
「今」と「昔」がシンクロする。
今は秋だからきっとあの小屋にいるだろう
こうして毎日会っても
あの小屋の中は寒くないだろうか
わかんないのに
きっと寒いだろうな。だって
だって
あんなに屋根が粗い
だってこんなに…
人の「想い」が言葉となる。
言葉は時空を超えて、人を繋ぐ。
人が何かを想う時、言葉は口にのり、紙にのり、願いを叶える。
で、別人が詠んだんだけど、
天智天皇の人柄を偲ばせる句として
採用された~
それは「甘い蜜」か、それとも「毒」か…
みたいな?
…へ~
え? なんか反応薄くね?
いや、別に?
面白かったか?
うん。まあまあかな
まあまあか…まあいいか。
おし、じゃ次は…
よかった
うん?
今がそんな時代じゃなくて
ああ、そうだな
窓から西日が差し込み、先生の顔が照らされる。
眩しそうに目を細める先生からは、きっと見えない。
以前より少し表情が柔らかくなったトオルが、
先生のとび色の瞳を必死に脳裏に焼き付けようと
見つめている、その、恋する瞳が。