その日笹塚先生は、職員室から戻ってくるとこの間の続きを話し始めた。

笹塚先生

…さてトオルくん

トオル

はい?

秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ

笹塚先生

これを読んだのはどんな人だと思う?

トオル

…え? 天智天皇でしょ?

笹塚先生

えー。そこまたやんの?

トオル

冗談です。
わかりません

笹塚先生

だよなーわからんよなー

トオル

だって

笹塚先生

会ったことねーしなー

トオル

てか

笹塚先生

そもそも天智天皇じゃない
(らしい)しなー

トオル

だから

笹塚先生

どんな人っていわれてもなー

トオル

どう

笹塚先生

しろっつーのなー

トオル

あの

笹塚先生

なに?

トオル

人のセリフを

笹塚先生

とらないでって?

トオル

……

笹塚先生

ニヤニヤ

トオル

くそ…

笹塚先生

ま。それは置いといて

トオル

…はぁ

笹塚先生

前置きが長くなったが、この歌の意味は

秋の田の仮小屋の屋根が粗いので、
水がしたたって、衣がぬれている

笹塚先生

こうなるそうだ

トオル

ほう

笹塚先生

ん~そうだな。トオルならどんな気持ちでこれ、詠む?

トオル

え?

笹塚先生

トオル

う~ん…

笹塚先生

じゃあヒントな

トオル

笹塚先生

季節は秋

トオル

ふむ

笹塚先生

そこは田んぼに建てた仮の作業小屋

トオル

仮小屋ね

笹塚先生

農民冬織は刈り取った稲を脱穀(だっこく)している

トオル

確か脱穀は
稲わらから穂をはずすことですよね

笹塚先生

そうだ。その作業小屋から
冷たい水がしたたり落ちる

トオル

え。寒っ

笹塚先生

そうだな

トオルは屋根の粗い作業小屋にいる自分を想像する。

吐く息が白い。体は芯から冷えて、いくら薪を焚いても意味がない。

トオル

笹塚先生

今みたいに防寒とか無いから、きっと寒い

トオル

笹塚先生

指先がかじかんであかぎれとかできてるぞ

トオル

うわ~

笹塚先生

その上さらに着物に屋根から冷たい水がしたたり落ちるんだ

トオル

笹塚先生

はい、一言

トオル

最悪~

笹塚先生

は~い。よくできました~

トオル

褒められた

笹塚先生は歌の中の過酷な状況を想像させたところで今度はこんな質問をしてくる。

笹塚先生

じゃあ、こんな過酷な状況を
トオルなら自分で詠むか?

トオル

え?

笹塚先生

例えば、SNSとかでさ

トオル

う~ん。詠まない

笹塚先生

なんで?

トオル

え? なんか、ダサいじゃん

笹塚先生

…ほう

トオル

自分は今こんなにツライって

笹塚先生

トオル

わざわざ詠まないよ

笹塚先生

じゃあ、これトオルが詠んだんじゃないなら

トオル

笹塚先生

誰が詠んだんだろうな~

少し考えて、トオルはふと頭に浮かんだことを、そのまま口にしてみる。

トオル

…そこに居ない人…
当事者以外の、でもその農民を
よく知っている人、かな?

笹塚先生

じゃあ、それを詠んだのが、
例えば俺だとしよう

トオル

え? うん

笹塚先生

俺はどんな身分の人間だったと思う?

トオル

笹塚先生

お前より身分が上か、同じ(農民)か、下か

トオル

…う~ん…

そして、トオルは笹塚先生の仕掛けにはまる。

トオル

…(身分が)上?

それを聞いて笹塚先生は内心ほくそ笑む。

笹塚先生

ほう。じゃあ、お前(農民)より
身分の高い俺は、

トオル

笹塚先生

なんでお前のことを

トオル

笹塚先生

詠むんだろうなぁ

トオル

え? あれ?

つづく

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