その日笹塚先生は、職員室から戻ってくるとこの間の続きを話し始めた。
その日笹塚先生は、職員室から戻ってくるとこの間の続きを話し始めた。
…さてトオルくん
はい?
秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ
これを読んだのはどんな人だと思う?
…え? 天智天皇でしょ?
えー。そこまたやんの?
冗談です。
わかりません
だよなーわからんよなー
だって
会ったことねーしなー
てか
そもそも天智天皇じゃない
(らしい)しなー
だから
どんな人っていわれてもなー
どう
しろっつーのなー
あの
なに?
人のセリフを
とらないでって?
……
ニヤニヤ
くそ…
ま。それは置いといて
…はぁ
前置きが長くなったが、この歌の意味は
秋の田の仮小屋の屋根が粗いので、
水がしたたって、衣がぬれている
こうなるそうだ
ほう
ん~そうだな。トオルならどんな気持ちでこれ、詠む?
え?
…
う~ん…
じゃあヒントな
お
季節は秋
ふむ
そこは田んぼに建てた仮の作業小屋
仮小屋ね
農民冬織は刈り取った稲を脱穀(だっこく)している
確か脱穀は
稲わらから穂をはずすことですよね
そうだ。その作業小屋から
冷たい水がしたたり落ちる
え。寒っ
そうだな
トオルは屋根の粗い作業小屋にいる自分を想像する。
吐く息が白い。体は芯から冷えて、いくら薪を焚いても意味がない。
…
今みたいに防寒とか無いから、きっと寒い
げ
指先がかじかんであかぎれとかできてるぞ
うわ~
その上さらに着物に屋根から冷たい水がしたたり落ちるんだ
…
はい、一言
最悪~
は~い。よくできました~
褒められた
笹塚先生は歌の中の過酷な状況を想像させたところで今度はこんな質問をしてくる。
じゃあ、こんな過酷な状況を
トオルなら自分で詠むか?
え?
例えば、SNSとかでさ
う~ん。詠まない
なんで?
え? なんか、ダサいじゃん
…ほう
自分は今こんなにツライって
…
わざわざ詠まないよ
じゃあ、これトオルが詠んだんじゃないなら
…
誰が詠んだんだろうな~
少し考えて、トオルはふと頭に浮かんだことを、そのまま口にしてみる。
…そこに居ない人…
当事者以外の、でもその農民を
よく知っている人、かな?
じゃあ、それを詠んだのが、
例えば俺だとしよう
え? うん
俺はどんな身分の人間だったと思う?
…
お前より身分が上か、同じ(農民)か、下か
…う~ん…
そして、トオルは笹塚先生の仕掛けにはまる。
…(身分が)上?
それを聞いて笹塚先生は内心ほくそ笑む。
ほう。じゃあ、お前(農民)より
身分の高い俺は、
?
なんでお前のことを
…
詠むんだろうなぁ
え? あれ?
つづく