エルフは伝説上の種族とされている。


いや、過去の存在すら疑われている。


神話や民話の類、人によって紡がれていた話に現れていただけの、想像上の種族ではないのかーー


























そんな存在だからこそ、語り継がれる話もまた霧のように曖昧だ。








他の種族を卓越した美しい容姿を持ち、


自然を愛し、


同種族はおろか全ての世の存在を愛し、赦せる心優しさを備える。




























エルフの話は、慈愛そのものであることが多い。








旅を始める少年のもとに現れ、知識を授ける。







旅の途中で迷った青年を里に招き入れ、その疲れを癒す。








そして旅の果て、力尽きる年老いた者のもとに現れ、その最後を看取る。






















時に挑戦する者を鼓舞する勇気となり、


時に疲れし者を支える助けとなり、


過酷の果て命を落とすものへ安らぎを授ける……




慈愛はその優しさの意味に多くの側面を持っていた。





















だから、エルフには目の前の光景がすぐには理解できなかった。


















……








その金髪のエルフがいたのは本屋。


そこそこ大きいスーパーの二階にある本屋の雑誌コーナー。


特別欲しい本があったわけではなかったが、何となく見に来たその店のそのコーナーで、





……








雑誌を立ち読みしている黒髪のエルフを見かけた。


正確に言えば、ただの立ち読みではない。


黒髪エルフが手に取っていた本を含め、その店の多くの雑誌は従事の紐で縛られていた。

恐らく本来店側の意図としては立ち読みをさせたくないのであろう。




それを、黒髪エルフは本を回転させつつ、十字に縛られた隙間から覗き込んでいるのだ。


動きだけならまるで貴重な古書を傷つけないようにその内容を把握しようと努めている探求を続ける者、

もしくはその動き自体が何かしらの呪法の手順であり、今にも封じられし悪しきものがよみがえりそうな、





そんな動きだったがここは本屋で、




黒髪エルフが読んでいたのは週刊少年漫画雑誌だった。











お客様

フッ。買うつもりは毛頭ないからお客様じゃないわ……

おい今すぐ出て行け

あっ、ふーん。そんな事言ってもいいの?私、水の魔法使いますよ水の魔法

使うと大切な商品が水浸しになりますよ水浸し

ここ、トイレにバケツ置いてあったし超簡単にできますよ水の魔法

警察呼びますよ?

ごめんなさい






黒髪エルフはそのまま絵本のコーナーへ移動した。


ここの本は縛られていない。



漆黒の髪とは対照的に透き通った白い指先が、ゆっくりと一冊の絵本を持ち上げる。





シンデレラ





エルフの、慈愛に満ちた優しい声。



たまたまそのコーナーの付近にいた、まだ年端もいかない子供たちが何かに吸い寄せられるかのように黒髪のエルフのもとへ集ってきた。


……

店に迷惑をかけた贖罪のつもりかしら?

何にせよ、こういう平和な風景がエルフのあるべき姿だわ……





何となく気になり、共に移動してきた金髪エルフの前で、黒髪エルフが絵本を開き、読み始めた。










シンデレラは、降り積もる灰に埋もれながら

灰が!灰がこんなに!

世界中の灰は私のものだ!

ああ、灰が……足りない……!

そうだわ、母屋を燃やせばもっと灰が出るに違いない

ククク……小汚いあいつらが燃えて美しい灰になるのは、浄化……!浄化なのよ……!

フヒヒ!灰を、

やめなさいって

へぶるをっ





話の狂気度合いに怯えていた子供たちが、その無慈悲な後頭部への一撃をきっかけに蜘蛛の子を散らすように逃げていく。









待て!黄様らも灰にしてや

だからやめなさいって

へぶるをっ……あっ、エルフ

あ、エルフじゃないわよ

さっきからちょっと見てただけでも、相当あなたの言動はエルフとして目に余るわ

……

魅力的の意?

……
























エルフの話は、慈愛そのものであることが多い。








旅を始める少年のもとに現れ、知識を授ける。



旅の途中で迷った青年を里に招き入れ、その疲れを癒す。



そして旅の果て、力尽きる年老いた者のもとに現れ、その最後を看取る。













だが、





慈愛そのものである話がただ"多い"だけで、






ムカついて殴りたくなった時は遠慮なくぶん殴るエルフもいた。





そんな剛腕を本屋で披露した金髪のエルフは、ナーガと呼ばれる神の名を参考にして、永瀬と名乗っていた。





pagetop