事件から暫くの時間が経過し、漸く平穏を取り戻した中学校。事件の全てを知っている一人の少女――麻衣はあまり元気のない様子でため息を吐いていた。

駿河麻衣

……はぁ

沢近里香

どうしたの? 麻衣ちゃん。元気がないみたい

 無時に病院を退院した里香は、幸いと言うべきか、彼女の強い心のおかげで身体的にも精神的にも日常を取り戻し、元気に学校に通っている。しかし、彼女のために彼女が事件の被害者になったことは伏せられた。

駿河麻衣

……兄者は間違ってないのじゃ。引場って子が犯人だったのじゃ。なのに

 全校生徒の前で話されたのは、出井桐子が犯人だったという事と、引場守は事件に巻き込まれて亡くなった被害者だという事。警察もそのように捜査を進めており、これで完全に引場守は"被害者"となってしまった。

駿河麻衣

里香ちゃんもあいつのせいで危ない目に遭ったのじゃ。なのに

沢近里香

麻衣ちゃん、私は大丈夫だから。麻衣ちゃんのお兄ちゃんたちに助けてもらっただけで十分だよ

 そうやって優しく笑う里香の顔をじっと見た麻衣は、そうしているうちに感情が高ぶり、すっと頬に一筋の涙を零す。それがきっかけになったのか、事件から時間が経ったからこそ冷静になったのか、麻衣は里香に抱きついて泣きじゃくった。里香はただただそんな麻衣の頭を撫でてやっていた。

 

鬱田志乃

よう、馬鹿双子

 音耶は仕事の休憩時間、恵司は単なる暇つぶしで共に昼食を取っている時だった。平日の昼間だというのにまるでそれが当たり前かであるかのように鬱田が突然同席してきたのだ。

駿河恵司

お、お前、学校は?

鬱田志乃

ん、辞めた

 水を運んできたウェイトレスにコーヒーを注文しながら平然と答える鬱田に、音耶は持っていた箸を落とし、恵司は飲んでいたメロンソーダを吹き出した。

鬱田志乃

おっま、汚いな

駿河恵司

いやいやいや、辞めたってお前、冗談だろ?

鬱田志乃

冗談じゃねぇよ。あの事件からまたフラッシュバックが激しくなってな、どちらにせよ休養が必要だと精神科医に言われたんだ

駿河音耶

ああ、成程……

 元々過去に受けたいじめにより学校という空間にトラウマを抱えていた鬱田がここまで平穏無事に過ごせていたことの方がいっそ奇跡なのかもしれないな、と音耶は頷く。

駿河音耶

だが、仕事辞めてどうすんだお前。すぐ仕事探さなくていいのかよ

鬱田志乃

いいんだよ、親の仕事継ぐことに決めたし

駿河恵司

……あれ、お前の親の仕事ってなんだっけ

鬱田志乃

経営者

 双子の時が止まる。コーヒーを運んできたウェイトレスは会話を聞いていないため、動きを止めていた双子を不審そうな目で見ながらテーブルにコーヒーを置いていく。鬱田はそのコーヒーに大量の角砂糖とミルクを注ぐとスプーンでかき混ぜた。

鬱田志乃

あれ、言ってなかったか? 俺が教師やってたのもリハビリというか社会勉強というかだったんだけど

駿河恵司

くっそ! ドクオのくせにこの野郎!

駿河音耶

同感だ恵司! ドクオのくせに生意気だ!

鬱田志乃

お前らまで俺の事をドクオ呼ばわりかよ! つか音耶、お前まで!

 一通り鬱田への罵倒が続いた後、気が済んだらしい双子は再び食事に戻る。鬱田は疲れたようにため息を吐いてコーヒーを啜った。

鬱田志乃

まぁ、お前らには散々助けられたしな。これから何かあったら頼ってくれ。刑事ものでも探偵ものでも、権力と言うのは味方につけておいて損は無いぞ?

 にやにやとわざとらしく言う鬱田に、恵司はこの野郎と振りだけ殴り拳を作り、音耶はそれを見て止めることもなく笑っていた。

駿河恵司

ところで鬱田、里香ちゃん――沢近里香は無事なのか? 一応麻衣からは平気だと連絡が来てるんだが、その、親御さんとか

鬱田志乃

ああ、災い転じて、と言うべきか、事件後の方が沢近と両親の関係は良好だ。具体的に娘が大きな被害に遭ったからこそ、気付いたのかもしれないな。大切なことに

 優しそうに微笑む鬱田を見て、恵司は今まで彼が教師として上手くやって居た理由を理解した。良い意味で、彼は変わっていない。

駿河恵司

……っとと、休憩時間平気か音耶? 昼飯代は鬱田が奢ってくれるらしいぞ

駿河音耶

本当か? 悪い、時間に気付かなかったようだな

鬱田志乃

いやいやいや、何も言ってないぞ俺は

駿河恵司

ありがとう鬱田!

駿河音耶

感謝するぞ鬱田!

 そう言いながら急いで去っていく双子を引き留めることも出来ず、鬱田は再びため息を吐いた。しかし、テーブルに残された丁度代金分のお金を見て、自然と頬が緩むのだった。

鬱田志乃

なんだかんだ言って真面目か、あいつら

――第二話 了 

第二話 ⑩ 災い転じて福となす

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