電話を掛け終え、こうのは自宅へと歩いていってもらう
ヒガタとスオウ、そしてミオは周りに気づかれぬよう、家屋の屋根伝いに彼女を追っていた
軽やかに飛び、そして着地する。ミオはヒガタの背中にしがみつきながら感心する

ミオ

こんな移動する人、君たちが初めてだ
無駄な衝撃も屋根に与えていない

スオウ

これくらいわけないですよ
瞬放流の使い手なんですから

ミオ

その瞬放流とはなんだい?

スオウ

えーっとですね、なんと説明すればいいのか……

ヒガタ

瞬放流は色んな技のまとめで成り立っているもんだ
技の種類はあんまりにもバラバラ過ぎるんだけど、まあ、基本的には常人を超えることを目的にしているらしい

スオウ

ミオさんの言ってたことわかったの?

ヒガタ

いや、スオウの表情からなんとなく

ミオ

じゃあスオウちゃんがネコと話せるのも、その瞬放流の技の一つということか

スオウ

そうですね

ミオ

ヒガタくんが筆跡を見破ったというのも、そういうことなのか

こうの

…………

後ろからついていくとは伝えてあるものの、それでも心配はどこかにあって彼女は周りを伺っていた
堂々と歩かれるかよりは、相手にとって自然に見えるかもしれない
もう深夜だ

スオウ

そうだ、ヒガタ
あの話本当?

ヒガタ

どの話?

スオウ

ほら、依頼を受けていた中年男性を病院送りにしたって話だよ
私、そんな話聞いたことないんだけど

ヒガタ

気づいてなかったのか
そんなのあるわけないじゃんか。テキトーだよ、テキトー

スオウ

えー

ヒガタ

それにそんな事件すらあったかどうかすら知らねえよ
揺さぶってみてなんかねえかなあと、ちょっと変な臭いもしたしな

スオウ

ああ、そゆことね
知らないところで頑張っているのかと思ったのに……

ヒガタ

なるべく頑張りたくない、ごろごろしたい、アニメ観たい、マンガ読みたい

スオウ

でしょうね

スオウ

さて、そろそろ新田家よ
ここからね

しっかりとこうのの姿が見える屋根で三人は潜む
こうのは灯り一つない新田家の玄関前で脚を止めた

ヒガタ

臭いがする、来るぞっ

突然物陰から複数の男たちが現れ、こうのを取り囲んだ
覚悟はしていたとはいえ、彼女は表情をひどく怯えさせ、抵抗などできそうもなかった
男たちに腕を掴まれ、どこかへと連れて行かれそうになる

こうの

!?

ヒガタ

ミオはちょっと離れてろ!

そうしてヒガタとスオウが屋根から飛び降り、風のような速さでこうのの元へと近づいた

なっ、なんだっ!?

男の一人が気づいたものの、すでに懐へと入っていた

こうのを連れ去ろうとしていた男たちをあっという間に倒し、気を失わせる
ヒガタだけではない、スオウも慣れた様子で簡単にこなした
一人だけをヒガタが捕え、そのままにこうのに玄関扉を開けてもらい、家の中へと入れた
いつの間にかミオもついてきていた

ミオ

鮮やかなものだ

ヒガタ

さあて、こんな事、誰が考えたのか言ってもらおうか

ヒガタ

!?

突然の銃声
ヒガタは捕えていた男に当たらないよう、避けずに自分めがけて飛んでくる銃弾を握った
あまりに突然のことであったけれど、ヒガタの力をもってすればこの程度の口径の銃弾は対応不可能なものではない

ヒガタ

いっ、痛ってぇーっ!

ヒガタ

大丈夫か、みんな?

スオウはともかく、こうのとミオはひどく驚いていて、ヒガタはわずかに遅れて無事であることを示した
さらに捕えていた男もこくりこくりと頷いたので、彼は思わず笑ってしまうのだった

さすがね

ヒガタに向けて銃弾を放ったのは、

さすが瞬放流の使い手、といったところね

ヒガタ

こんな所で待っているとは、自称姉の新田松さん

こうの

あの、本当に大丈夫ですかっ?

ヒガタ

鍛えてますから、なんともないですよ
後ろに隠れていてください

ヒガタ

ひどい歓迎ですね、なかなか痛かったですよ
もし当たってたらどうするんですか

あら、こんなものにやられてしまうくらいなのかしら?

ヒガタ

なかなか買ってもらっているようで

握っていた銃弾を床へと落とす
ヒガタの手のひらはわずかな傷だけで、血も流れてはいなかった

当然。瞬放流は知っているもの

スオウ

瞬放流を知っている……あなた何者?

紹介したはずだけど、その子の姉、新田松よ

スオウ

この状況でまだそんなことを……!

スオウ

大人しくカンネンしなさい!

あら、継承者さまは血気盛んね

スオウ

私が継承者だとも知ってる……

ふふ、可愛いわ。顔に出ちゃって
まだまだね

ヒガタ

あんまりからかわないで欲しいですね

あらごめんなさい
お詫びに質問に答えてあげるわ。そうね、特別に二つ
だからまずその男を離してあげて。大切な部下なの

ヒガタは彼女がウソをついていると感じられず、その通りに男を離した
男は松に頭を下げ、彼女の「帰りなさい」という指示に従って消えていった
のびてしまっている男たちも起こしていって

ありがとう
あたしの仕事はここで終わったわ、残念ながら失敗という形でね

ヒガタ

雇われですか
けど、あまりにも諦めが早いですね

仕事そのものに興味を持って受けたわけじゃないの

あなたに会うためよ、守江ヒガタくん
あなたの力を見てみたかったの

スオウ

堰堤屋に依頼したのも、そのため?

それが一つ目の質問でいいのかな?

スオウ

いいえ、違うわ。独り言よ

スオウ

めんどくさいわね……!

じゃああたしも独り言を
この仕事、正直、依頼主の思い通りになって欲しくなかったのよね
女の子を誘拐して、まあ、自分のものにするなんて典型的なゲスで……

嫌いなのよね
だからきっと場を乱してくれるであろう、堰堤屋に頼んだのよ
姉なんてバレやすいウソついたりね

それは正しかったわ
すぐに彼女の場所を特定し、こうも早くあたしたちと出会えた

スオウ

じゃあ一つ目の質問
その依頼主って誰?

あまりに直球過ぎる質問に、松はくすくすと隠すことなく笑った

見た目によらず、すごくまっすぐなのね
いいわ、答えてあげる。約束は破らないのが、あたしのポリシー

依頼主は、紫雲寺よ
紫雲寺拓

こうの

!?

予想外の名前にこうのは目を大きく見開き、両手を口の前に持ってきていた

ヒガタ

…………

スオウ

適当言うのも!

ウソじゃないわ
ホント、回りくどくて幼稚で気持ちの悪いやり方よ

あたしたちに彼女を誘拐させて、それを彼が命がけで助ける
自分を絶対の味方であるように見せて、心を一生自分のものにしようと考えたのね
ね、バカでしょ? ラブロマンスの観過ぎだわ

こうの

そ、そんな……

スオウ

そんなの、やっぱり信じられない

ウソじゃないわ。サービスしてあげる
紫雲寺に計画通り誘拐したって連絡してあげるから、そこで様子を見ればいいわ
ついでにお仕置きしちゃって

あたしはヒガタくんに会えて、話もできて嬉しかったの
だからそれだけでいいわ

スオウ

ヒガタ、ヒガタってうるさいわね

あら、いいじゃない
彼はあたしと子作りすることになるんだから

スオウ

……!?

こうの

!?

ヒガタ

…………?

ミオ

いいなあ……

スオウ

なっ、なななな何言ってんのよ!
どどどどういう意味よ!?

そのままの意味よ
あたしはヒガタくんの子供を産むの

スオウ

あなたバカなんですか?

大真面目よ
ヒガタくんの力は確かだわ。こんな至近距離の銃弾を握って受け止めるなんて、すごいことよ。避けられても、握るなんてとても
あなたはできる?

スオウも銃弾を避けることならばなんとかできる
けれど、このヒガタのように握って受け止めるなんてことは、他に父親くらいしかできない
ヒガタは身体能力に特化した、瞬放流の使い手だ

だからあたしと素晴らしい子を残してもらうの

それがあたしたち一族の繁栄に繋がるわ

スオウ

結局はそういうことなんじゃない!
自分勝手でっ!

そうね。でも愛とは自分勝手なものよ
一族のこともあるけれど、あたしは彼をすでに愛しているわ

ね、ヒガタくん。そういうことだから、あたしと一緒に来ない?
よい妻になれるよう、精いっぱい努力するわ

ヒガタ

…………

衝撃的な告白に、ヒガタは呆然としてしまっていた
そんな様子にスオウはいらつき、背中を叩いて正気に戻させる

スオウ

ヒガタっ!

ヒガタ

えっ、あっ、おおう

ヒガタ

えっと……まだ親父になりたくないんだけど……
アニメとか観たいし……

大丈夫。ヒガタくんの趣味は邪魔しないようにするわ
子供の世話はあたしと、その周りがするから
あ、でも修行はつけてあげてね

ヒガタ

い、いやっ、オレあなたのこと知らないし……

気にすることないわ
これから知っていってもらえればいい
すぐにとは言わないわ、いずれなんだから

お互い、ゆっくりと時間をかけましょう

背が高く、同年代に比べれば大人っぽくそしてきれいなスオウだけれど、本物の大人である松には敵わない
背の高さはスオウと同じくらいだけれど、あらゆるスタイルが良く、そして圧倒的な色気がある
なにより自分の美貌に自信を持っている

スオウ

ええい、もっとはっきりと断りなさいよ!

あら、妬いているの?

スオウ

そんなのじゃない!

ふふふ、まだあなたには早い話だったかしら?

スオウ

うるさい!

彼女のその様子で、ヒガタはようやく頭の動きを元に戻した
ぽりぽりと頭をかき、そしてスオウに小さく笑みを見せてから松へと告げた

ヒガタ

あー、まだうちの継承者はこんな感じなので、オレが見守るよう言いつけられているんですよ

ヒガタ

ですんで、オレはスオウの隣にいます

スオウ

ヒガタ……

そう、わかったわ
あたしは待つわ。もちろん、黙ったままというわけではないけれど

スオウ

あなた、名前はっ?

マツ

伏砂(ふせすな)マツ
これで二つ目の質問もおわりね

スオウ

いいわ。その名前、絶対に忘れない!

マツ

瞬放流の継承者に覚えてもらうのは光栄だわ
よろしくね、灘スオウちゃん

マツ

今回はこういう仕事だからこのまま引くけれど、場合によっては……

マツ

容赦しないからっ!

マツ

じゃあ、またね

そうしてヒガタとスオウの間を抜け、ヒガタにはとびきりの笑顔を、スオウには柔らかさで隠した鋭いまなざしを残し、新田家から出ていった

と思いきや、玄関扉から首だけ出して、

マツ

あ、紫雲寺はここに来るようにしておくわ
こうのちゃん、ガツンと言ってやって

こうの

は、はい

そうして上機嫌に彼女はどこかへと消えてしまっていた
外に出てヒガタが視線をあちこちへ飛ばしてみても、まったく見当がつかないくらいに

ヒガタ

タダもんじゃねえ。しかし面倒なことになったなあ……

ヒガタ

忘れよう。まあ、まずは紫雲寺をとっちめることか

新田家の中では、スオウが玄関方向をすごい形相で睨み、さすがのこうのもまずいと思ったか、落ち着かせようと声を掛けていた
彼女の声になんとか冷静さを取り戻していったけれど、家の中に戻ってきたヒガタへと標的を移してしまうのだった

スオウ

……!

ヒガタ

な、なんだよ……

こうの

はあ……

ミオ

面白い人たちだなあ、退屈しない

1-7 やる気のない自称姉(勝手な婚約宣言)

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