一連の事件(?)は終わり、数日が経っていた

新田家でのやりとりのあと、マツの言葉で気分を高めていた紫雲寺は家に入るなりヒーローを気取っていたけれど、自分の想像していない光景を目にして驚いてしまっていた

紫雲寺

どっ、どうして……

しかしすぐに気を取り戻し、

紫雲寺

ぶ、無事だったかこうのっ

こうの

話はすべて聞きました

紫雲寺

何を、何を言っているんだこうの
私は心配して……

こうの

すべてを聞いたって言いました
本当にくだらないことを考えるような人だったんですね

紫雲寺

意味がわからないな、私が何をしたと?

スオウ

カンネンしたほうがいいですよ
これからの関係を少しでもマシにしたいのならば

紫雲寺

そんなことを言われたって、わからないものはわからない

こうの

……そうですか
ではこれまでですね
二度と私の前に現れないでください、紫雲寺さん

その冷たく突き放された言葉に、紫雲寺の様子が一変する

紫雲寺

どうしてだ……
どうしてこんなことになっているんだっ!

紫雲寺

あのアマぁ……っ、仕事もせずボクをハメたなぁ……!

彼の中で何かが切れ、目の前にこうのがいることを忘れて恨みを呟き続ける

紫雲寺

高い金を払ってあるんだぞっ、下賤な貧乏野郎では払えない額をな!

紫雲寺

完ぺきだった、ボクの計画は完ぺきだった
なのにあのアマ勝手に動いて、こんなやつらに依頼しやがってぇっ!

紫雲寺

ボクはこうののヒーローになるべき男なんだ!

スオウ

そういうのはどうでもいいので、誓ってくれませんかね?
二度と現れないって

紫雲寺

こうのは、こうのはボクと結ばれるべきなんだっ!

逆上した紫雲寺がスオウに襲いかかるも、彼女はあっさりと返り討ちにした
拳がしっかりと顔面を捉え、躊躇なく殴りぬける

紫雲寺

痛っ、痛いぃぃぃ!!

スオウ

誓ってくれなければ、指を折ります
次に歯も行きます

ヒガタ

一般人には恐ろしすぎるだろ

ヒガタ

そういうわけで紫雲寺さん。さっさと誓うのが身のためです
スオウはやりますよ、本当に
今の拳で鼻が折れたんじゃないですか?

紫雲寺はひどい鼻血を流していた
あまりの痛さに、ヒガタに指摘されてようやく気づき、さあっと青ざめた

紫雲寺

けけけ、警察だ!
お前たち、警察に突き出してやるぞっ!

紫雲寺

そうだ警察だ!
これは傷害だ、傷害事件だ!
これだから野蛮人どもはっ!

ヒガタ

いいですよ、言ってみてください
ムダに終わることでしょうけどね

紫雲寺

はぁっ!?

ヒガタ

警察に仲良くしてもらっている人がいるので、残念ですけどどうにもならないでしょうね

紫雲寺

はぁぁぁぁぁぁぁっ!?

ヒガタ

通報するのは市民の権利なんでご自由に
でも、そうすればさっきの呟きを録音したものを、その仲良くしている人に渡します
オレの説明も乗せれば、きっとあなたの立場はぐっと悪くなる

ヒガタ

逮捕まではいかないでしょうけど、不思議なことに悪いウワサってすぐに回るんですよね
いやーおっかないおっかない

紫雲寺

ううっ……

スオウ

さあ、さっさと誓ってください

こうの

早くして、私の前から消えてください

家にあった、印刷用のA4用紙とボールペンをこうのが紫雲寺に差出した
すれば諦めてしまったか、彼は受け取って机の方へと向かおうとしたけれど

こうの

床で書いてください
這いつくばって、頭を下げて

あまりの容赦のなさにヒガタは冷や汗を流し、そうして言われてしまった紫雲寺はもう素直に従うしかないようになってしまっていた
床に紙を置き、こうのの指示通りに文字を書き、誓った
最後に署名、そして鼻血を使った拇印を押させる

こうの

確かに
ではお帰りください
そしてこの誓い、破るようなことがあれば……

紫雲寺

ひ、ひいぃっ!

たまらず彼は家から飛び出ていった
あまりに慌てて足取りはばらばら、ひどく情けない背中だった

ヒガタ

自業自得にしても、相手がまずかったな

そうして現在の堰堤屋に戻る

話によると、紫雲寺はあのあとすぐにどこかへと引っ越してしまったという

ヒガタ

とりあえず一件落着して、オレは気にせずアニメも映画も観れて満足だ

スオウ

たいした働きしてないけどね

ヒガタ

そんなことはねえぞ。怪しい依頼だって思ってたし、銃弾受け止めたし

スオウ

こうのさんを見つけたの、私だし

ヒガタ

「よどみ」の可能性をまったく考えてなかったじゃねえか

スオウ

それはヒガタが隠していたからでしょ
私にくらい、先に教えてくれてもよかったのに!

ミオ

そうだ、君たちの言う「よどみ」というのは、悪意とかそういうものかい?

縁側でのんびりとしていたミオが尋ねる
事件以来、こうやって堰堤屋に現れることが多くなっていた
というより、完全に家の一つにしている

スオウ

そうです。まあ、「ワルモノ」のことですね
瞬放流でそういう人たちを流すのもまた、ここに来た理由なんです
ここはそういうのが多いからって、お父さんは言っていました

ミオ

そうだったのか
そして継承者としてより鍛錬を積まねばならないのだね

スオウ

ええ、そういうことです

スオウ

まったく、結局は大した「よどみ」でもなかった

ヒガタ

おいおい、「よどみ」に位をつけるのはよくねえぞ
事実、紫雲寺の計画通りにいってたら、どうなってたかわからねえし

スオウ

こうのさんの性格だと、どうせ上手くいくことはなかったわよ
あのまま優しく頼れる大人を演じていればよかったものを

ヒガタ

口が悪いな、それに一般人に対して指を折るだの歯を折るだの
というかだな、もうちょっとは手加減をしろ。あんな拳を入れることはなかった
通報されてたら、藤本さんに迷惑を掛けるところだったぞ

スオウ

うっ……うう

その藤本さんと言うのが、堰堤屋が仲良くさせてもらっている刑事だった
三十歳を少し越えた、少しふにゃふにゃしている男性
けれどそれでもしっかりと仕事をこなし、周りからの評価は高かった

スオウ

ごめんなさい、反省する

ヒガタ

気をつけるんだぞ

スオウ

でもねえ、ヒガタはもうちょっとしっかりして

ヒガタ

はーい

スオウ

だらしなくあんな女に鼻の下伸ばしていたし!

ヒガタ

ちょっ、伸ばしてねえって!
驚きはしたけど!

スオウ

ふん、どうだか

ため息を吐くヒガタに、ミオが近づく

ミオ

気にすることはないヒガタくん
あんなきれいな人に愛を告げられて、ときめかない男はいないだろう

ミオ

ニャー

ヒガタ

味方になってくれてるのはわかるよ、ありがとうな

ヒガタが撫でてやれば、ミオはごろんと転がって喉を鳴らした

こうの

こんばんは、お邪魔します

引き戸が開けられて、こうのが挨拶し、居間へと入ってくる
スオウが晩ご飯を食べないかと誘い、それに応じ、下校途中に寄ったのだ

ちなみに学校を休んでいた理由は、気分的なものだと彼女は説明していた
深く尋ねることもないだろうと、ヒガタもスオウもそれ以上は何も言わなかった

ヒガタ

いらっしゃい
ご飯の時間までもう少しってところだ

スオウ

こうのさん、いらっしゃい

こうの

あの、すいません
依頼料もまだなのに、ご飯まで……

ヒガタ

気にしない気にしない
まあ、くつろいでよ

炊飯器がアラームを鳴らし、ご飯が炊ける
そのいい匂いが居間にも届き、ヒガタは晩ご飯の準備に取り掛かる
こうのも手伝おうとしたけれど、彼は彼女を座らせた
そしてスオウが手伝い、二人でてきぱきと整えていった

ヒガタ

さて、食べますか
ミオはキャットフードな

ヒガタ

まあ、色々会ったけど、みなさんお疲れ様でしたってことで

スオウ

こうのさんはまだ紫雲寺が狙ってくるかもしれないので、私たちが守り続けますから

こうの

すいません、お願いします

ヒガタ

そういうのは今忘れよう
久しぶりの客人で、多めに作ってあるんだ
ばんばん食べてくれ

ヒガタ

じゃあ、いただきます

スオウ

いただきます

こうの

いただきます

久しぶりの家庭の味に、こうのはとても嬉しそうに箸を進めていった
そんな様子を見、ヒガタとスオウは顔を見合わせて微笑み、そうしてミオも一鳴きした

こうして一先ず、堰堤屋の仕事は終わったのだった
しばらくは大きなこともなく、きっとスオウがネコを探し続けることになり、ヒガタは家でぐうたらと過ごすことになるだろう
けれど「よどみ」を見つければ、二人は瞬放流の使い手として全力で流すことに違いない

次、二人の前に現れる「よどみ」はどのようなものになるか
それは誰にもわからない

1話 堰堤屋の二人と一匹 おしまい

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