インターホンを鳴らせば、すぐに扉が内から開かれた
出てきたのは優しそうな雰囲気の男の人
年齢は三十代手前という印象を受ける
変な気配は感じないけど……
オレもだ
では早速
インターホンを鳴らせば、すぐに扉が内から開かれた
出てきたのは優しそうな雰囲気の男の人
年齢は三十代手前という印象を受ける
いらっしゃいませ
どうぞ、上がってください
こいつも構いませんか?
ミオを指差して尋ねる
ええ、暴れないのであれば
それはもちろん
できるか?
ニャー
二人と一匹を部屋へと案内し、いすに座らせる
そして目の前の机に二人分の茶を出し、対面する形で彼も座った
夜分遅くに申し訳ありません
いえ、気にしないでください
まだそんな夜遅くでもありませんよ
申し遅れました
私は紫雲寺拓(しうんじ たく)、こうのの遠い親戚です
どうも
改めて、灘スオウです。隣にいるのが助手の守江ヒガタ
私たちは堰堤屋という、いわゆる何でも屋をやっていまして、今回依頼を受けてこうのさんを探していたのです
助手だったのか
ミオ、そんな目でみるんじゃない……
こうも早く見つかるとは、相当な腕をお持ちなのですね
ありがとうございます
それで、こうのさんの姿が見当たらないのですが
ああ、こうのなら今外にいますよ
こんな遅くにまたどうして?
学校の友達に会うと言っていましたよ
高校三年生ですし、それくらいのことはおかしくないでしょう
部屋の壁時計は、22時近くを示していた
それで、あなたがたはこうのを見つけ、それからどうするつもりなのですか?
家に帰っていただきたいのです
家?
帰りたくないから、ここにいるんでしょう
わかります。しかし、それでも帰っていただきたいのです
一時の帰宅でもいいのです。こうのさんが無事であるという証明さえできれば
無理にとは言いません……
でも、どうかお願いします
スオウが頭を下げ、遅れてヒガタも同じようにする
けれど紫雲寺の反応は良いように変わることはなかった
あなたがたは悪い人ではないでしょうし、ただ仕事をこなそうとしているだけともわかります
が、私はここで折れるわけにはいきません
紫雲寺さんが一緒でもですか?
こうのをあの家に近づけるわけにはいきません
こうのは私を頼ってくれているのです、それに応えなければならない
そうですか……
先の言葉に詰まってしまった彼女の代わりに、口を開いたのは隣の青年だった
助手と呼ばれた青年
……待たせてもらっていいですか?
?
こうのさん本人の話を聞きたいので、待たせてもらっていいですか?
まさか帰ってこないなんてことないでしょうし
…………
すいませんね、悲しいことにこういう仕事ですので
こうのさんがここにいるという確認をしなくちゃいけないんですよ
情報を掴んだだけですんでね
そして彼女の話を聞き、状況が良くないと判断できれば、この仕事から手を引きますよ
報酬がなかなか良かったんで正直残念ですけど、道理に外れたことはするなというのが教えですんでね
さらに道理に外れたことを許してはならない、と
……紫雲寺さん、新聞やニュースは見ますか?
人並みには見ていると思います
それなら、数日前にこの地域で起こった「中年男性が暴行を受けて重傷」というのを知っていますか?
紫雲寺の顔は強張り、そしてわずかに肯定の意を示す頷きを返した
実はあの方から仕事の依頼を受けていたんですよ
だからあんなことになってしまって……
オレがもっとしっかりしておけば、あんな目に会わなかったかもしれない
……鼻からの食事は可哀想ですよ
わ、わかりました
そろそろ帰ってくるはずです
ということだ
オレが待つ。スオウとミオは帰ってくれていいぞ
私も残るよ
これ以上遅くなるんだ、学校が辛くなるぞ
一日くらいどうってことない
私も会って話がしたいの
私も残る
ミオさんも残るって
すいませんね
二人と一匹で残らさせてもらいます
それから場には静かな時間が流れ続けた
会話を交わすことなく、スオウは膝に乗せたミオを撫で続け、ヒガタは手を頭の後ろで組んできょろきょろと辺りを見回していた
時間はすでに23時に近づいていた
遅いですね、こうのさん
どうしたのかな、もしかして家に帰ったのかな?
そんなことはないです
友達と盛り上がって、時間を忘れているんでしょう
学校、高校の友達でしたっけ?
ええ
へえ、いらっしゃったんですね
どういう、ことです?
いえ、聞いた話ではこうのさんはいつも一人で、周りと距離を取っていたとのことですから
オレたちの調査もまだまだだな。な、スオウ
悔しいわね
バカにしないでください
すぐ帰ってきます
すると部屋にインターホンの音が響いた
紫雲寺は安堵の様子を浮かべ、操作盤を見、操作した
こうのです
帰ってきましたよ
紫雲寺が部屋の玄関まで迎えに行き、そうしてこうのと一緒に戻ってきた
ヒガタが見た写真通りの女の子だ
はじめまして
頭を下げる
彼女はすぐに状況を理解し、表情をより暗くした
紫雲寺の隣の席へと座り、俯き続ける
はじめまして
私は灘スオウ、こっちが助手の守江ヒガタ
私たちは堰堤屋という何でも屋をしていまして、今回依頼を受けてあなたを探していたのです
そう、ですか……
とても心配されています
ただの家出であるならば、安心させてあげてください
何かあるならば、話は聞きます
うっ……
何かあるから帰らないんでしょう?
私はこうのさんのお話が聞きたいんです
このままの状況がよりいいと判断できれば、私たちは手を引きます
ですから……ウソなく、お願いします
もちろん、こちらも依頼者に内容を伝えるようなことはしませんから
……ウソです
……?
あの人たちが心配してるなんて、ウソです
ウソじゃありません。事実、こうして私たちに依頼されています
ウソです、私が家にいなくたって気にもしないはずです
そんなこと……
そうやってたまに帰ってきて、いい両親のふりをすることが嫌いなんです!
結果なんてどうでもよくて……ただ娘を心配して探しているって周りに見せつけるだけでっ!
いい両親のふり……?
待ってください。私たちに依頼してくださったのは、お姉さんです
……姉? 何を言っているんです?
私に姉はいません
それは本当ですか? ウソではなく?
私は一人っ子です
ウソじゃありません、証明できるものはありませんけど……
確かにこうのは一人っ子ですよ
スオウちゃん、私も彼女の姉という者を見たことがない
新田家で把握しているのは、彼女とその両親だけだ
もっとも、その両親は滅多に見ることがないが
そ、そんな……
話を聞いていたヒガタが頭をかき、ため息を吐いた
やっぱり姉ちゃんじゃなかったか、はっきりしたな
え……っ?
署名の筆跡、違和感があってよ
相手がウソをついたんだ、もういいだろうしこれを見てくれ
懐から今回の依頼の契約書を出し、そして机の上に置く
そうして署名の所を指差した
「新田松」と書かれているけれど、ヒガタは彼女の書く姿とその筆跡から一つの可能性を浮かべていたのだ
この「新田」という字と、「松」という字
これ、しっかりとかみ合ってねえんだよ
書いているときもそうだった。この二つで筆の進み具合が違っていてな
ヒガタ以外、誰にもその名字と名前が噛みあっていないことがわからない
けれどスオウは彼が適当を言っているとは思わない
彼ならば十分に見抜けるとわかっているからだ
あ、こりゃウソついてんのかなって思ったわけだ
それを聞いたスオウが机を叩き、ヒガタに詰め寄った
どうしてそんな大事なこと言わなかったのよ!
いやー確信持てなかったし、それに何事もなければいい収入だ
BD、円盤だって迷わず買える
今期のでも欲しいのがあるんだよねえ
痛い目に会うしかないようね……
ち、違う違う。勘弁してくれ
ともかく、もしウソをついてまで彼女を探そうとしているなら、「よどみ」じゃないかって考えたんだよ
「よどみ」なら、流さなくちゃならない
だから依頼を受けたんだ
それはそうだけどっ
な、なんの話をしてるんです?
はっとして、声を荒げかけたスオウが自分を取り戻す
え、えっとですね……
この件からは手を引かさせていただきます
こうのさんが家に帰っていただく必要はなくなりました
それはつまり、こうのが何者かに狙われているということですかっ?
そうである可能性が高いですね
こうのさん、何か心当たりは?
わかりません
そういう危ない目に会いかけたこともないので
理由なんてどうでもいい
相手、この「新田松」の狙いは彼女だ
ならば堰堤屋として守って、叩くだけだ
こうのと紫雲寺が目を大きく開き、驚きの顔を見せた
あ、お代は結構です
まあ、仕事ぶりに感動していただけたなら、そのお気持ち分だけいただければありがたいですけどね
それは、守っていただけるということですか?
あれ、伝わりづらかったですか?
そういうことです。堰堤屋は前の依頼を破棄し、あなたを守る仕事をさせていただきます
待ってください
あなたがたがその、こうのを狙う者と協力者ではないという証拠は?
あーそうですよね
そう考えられても仕方がない
色々物騒なこと言っちゃいましたしね
とにかくこの事を警察に通報します
一緒に通報されたくなければ、今すぐに帰ってください
もしオレが協力者だったら、そんなことをした時点で大変な目に会いますよ
いや、もう言っている時点で
私は幼い頃から武道をしている
それに君よりも背が高い
相手が素手とは限らないでしょう
刃物とか拳銃とか持ってたらどうするんですか、勝てるわけないでしょう
ぐっ……!
ここまで手を出していないのを、一応証拠としますよ
かなり弱いですけどね
私、信じます
こうのっ!?
悪い人たちじゃありません
お仕事だって止めてくれました
そんな理由でどうするんだ!
これは私の問題です
拓兄さん、私が判断して私が依頼します
ひえー
ありがたいけど、見た目によらず気が強いんだなあ
スオウとどっちが強いのか
お願いします
守っていただけませんか?
お代はなんとかします
差し出された彼女の手をヒガタが握ろうとすると、スオウが割り込み、そのまま彼女と握手した
もちろんです
堰堤屋のメンツにかけても、守りきってみせます
かけるほどのメンツ、ないけどな……
守りきれるって保障、あるんですか?
それは――
それは任せてください。数多くある何でも屋の中でも、飛び抜けていると自負しております
遮られてしまって、ヒガタは彼女に圧倒されてしまう
それで、これからどうするんです?
そうですね……どうしよっかスオウ
……あまり長引かせたくないわね
ヒガタならできるでしょ?
同感だな、長引かせたって面倒なだけだ
じゃあ、すいませんけど、こうのさんにはエサになっていただきます
エサ……おびき出すためのエサということですか?
そうですね
これから新田松に電話を掛けるんで、家に帰ってください
ずっとこちらが対応できるようにはしておきますから、ご安心を
こうの、やはりこの人たちは怪しい
すぐに警察に行くべきだ
ずっと逃げ続けるわけにもいかないでしょう
オレたちだってここがわかったんです。隠れていたって時間の問題ですよ
なら、叩いた方が早い
そしてオレならそれができます
無茶苦茶だ!
無茶苦茶できるのが、オレたちなんですよ
じゃあ、いいですか?
意を決し、こうのは首を縦に振った
その勇気に応えてみせます
携帯端末を取出し、ヒガタは松へと電話を掛ける
そうして彼女に「こうのが家に帰る」と言い、さらに今からどのくらい時間が掛かるかも伝えた
こうして、堰堤屋の長い夜はまだまだ続く