沢近が無事救急車で運ばれた後、教室に残ったのは恵司、音耶、鬱田の三人。麻衣は沢近に付いていくと、一緒に救急車に乗った。
沢近が無事救急車で運ばれた後、教室に残ったのは恵司、音耶、鬱田の三人。麻衣は沢近に付いていくと、一緒に救急車に乗った。
さて、ここからは反撃な訳だが……
おいおいちょっと待て、どうして沢近がそこにいるってわかったんだ、お前
いや、これは偶然だよ。音がしたからな。……おかげではっきりしたことがあるがな
恵司が顎で掃除用具入れを指すと、若干嫌そうな顔をしながら音耶が中を隅々まで確認する。中が抜かれた掃除用具入れは確かに人一人が入ることの出来るスペースがあった。ふと、頭を軽くその空間に突っ込んでいた音耶が動きを止めた。その様子に、恵司は満足そうに笑みを零す。
血の匂いか
ああ。鉄製を理由とした鉄錆びの匂いじゃない。……うっすらだが、確かに
……そんなの、嗅いで解るものかよ
少なくとも、音耶は解るんだよ。嗅ぎ慣れてるからな
恵司の言葉に、音耶は殺人事件を捜査する可能性が多いのだと鬱田は小さく頷いた。血痕が無いか確認している音耶をよそに、恵司は続けて話す。
沢近が閉じ込められたのは鈴木伊緒が殺された後だろう。麻衣も沢近と赤い線を見たって言ってたし、あの赤い線は血で書かれていたからそれは確実だ。更に、計画的犯行でないならば犯人が血の臭いをする何かを持っていたのは有り得るし、若しくはそいつ自身に血の匂いが染み付いてた可能性もある
つまり、沢近は犯人に閉じ込められたということになるが、どうして彼女は殺されなかったんだ。……不謹慎だが、俺が犯人だとすれば顔を見られたかもしれない以上生かしておくわけにはいかないだろう
だが、残念ながら犯人に沢近里香を解体することは出来なくなってしまった。何故なら、目撃されてしまったからだ。時間を掛けて一人の人間をバラしたからこそ、犯人は悦に浸ってたんだろうな。目撃される程度には
段々と話が明確になり始めるうちに、鬱田はまた酷く不快そうな顔をする。ただ、彼のその顔は恵司に対する嫌悪感ではなく事件に対する生理的嫌悪だ。
目撃者は犯人にこう持ちかける。『捕まりたくないなら私の話を聞きなさい』。その言葉に乗った犯人は目撃者の言う通り、協力して校舎中に血の線を残す。それは"ひきこさん"という怪異を隠れ蓑にするためだ
だが、そんなのは現代において通用しない。わざわざ手間をかけてそんなことをする理由がどこにある
簡単だ、犯人を異常者に見せるためだよ。その方が、『学校の外からやってきた不審者がやった犯行だ』と思わせることが出来るだろう?
不敵に笑う恵司に、鬱田は今度は恵司に対する不快感を露わにした。自分の勤務先で事件が起こり、しかもそれは内部の犯行であったと言われているようなもの故であろう。
だが、沢近が殺されない理由はまだわからないじゃないか! 偶然とでも言うつもりか?
ああ
感情の籠った鬱田の言葉に対し、恵司はそれがどうしたとばかりに肯定した。その間の抜けた返事に鬱田は言葉を失った。
さっき言ったろ、"解体することは出来なくなった"ってな。犯人は沢近を殺したと思い込んでたんだ。ここから推測するに犯人は沢近をここに隠すのが容易な人物で、しかもここに再び戻って来れる人物。廊下があの様子では学校がすぐに授業を出来るとは思えないだろうし、沢近は死んだと思ってるから後でゆっくり解体しようってわけだ。ただ、複数の誤算が生まれた。それが沢近が生きていたことと、俺達の存在だ
恵司が自慢げにそう言うと、音耶は大きな溜息を吐く。子どもか、とそう言いたい気持ちを抑えながら。
俺達が職員室にいたから、犯人は目撃者――もう共犯になるわけだが――と接触する機会を失った。その上、する必要のない嘘まで吐く羽目になった。それが色々ヒントになったけどな
楽しそうな笑顔の恵司の話を聞いて、鬱田も思い当たる人物の顔が浮かんだらしく、無言で恵司の顔を見る。それと同時に、教室に入ってきた一人の捜査官が音耶に耳打ちをし、すぐに慌ただしく去って行った。
音耶、何だって
……出ていこうとしている生徒がいるらしい。出口は封鎖済みだが、まだ校舎の中を逃げ回っているそうだ
音耶がそう言うと、恵司は満足そうにうんうんと頷いて、後はよろしく、と机に腰かけて大きく伸びをした。
お、おい恵司。まだお前全部言いきってないだろ! 窓の血文字はどうした! 動機は! まだただの"答え"じゃないか!
途中式は本人から聞けば? 犯人校舎の中に居るんだし、お前らも気付いたろ
もう話す気はないとばかりに大きな口を開けて欠伸をする恵司をがくがくと揺さぶる鬱田に、音耶は無駄だと声を掛けた。
満足したんだろ。……こうなったら犯人を見つけて問いただすしかないな。鬱田、俺達も手分けして探すぞ
……ああ
音耶に言われて恵司の肩から手を放した鬱田は、音耶と共に教室を出る。その背を見送った恵司は、少し思案するような表情を見せてからゆっくりと立ち上がった。
……さて、このまま見逃すか、それとも
隣の捜査本部からは人の声がする。あまり物騒な事は呟けないな、と恵司は心の中で思いながら歩いて教室を出る。
窓の外には人気のない校庭が広がり、校門の方にはスーツの捜査官が立っている。別に自分が動かなくとも、事件は終わるだろう。先日の事件の様に。
だが、今回はそうもいかないんだよなぁ
大事な妹を危険な目に遭わせたんだからな。小さく呟き、恵司は少し歩を速めた。