書斎

三宮悟

あーあ、やっと面倒な奴が去った

三宮悟(さんのみや さとる)は溜息を吐くと、布を手に取り見定める作業に戻る。
彼は人形師だ。部屋に籠っては数々の人形を作り出す。
時に可憐な少女の人形を、時に残酷な表情を浮かべた人形を、時に華美な衣装を纏った人形を、時にみすぼらしい見てくれの人形を。
彼の作風は世に認められ、いつしか天才人形師と呼ばれるようになった。
本に埋もれた棚の中には数々の賞状や盾が置いてあり、彼の実力を示している。
が、彼にはある問題があった。

三宮悟

全く、この俺にあんな安い報酬の仕事をおしつけようとするだなんて、あいつも何を考えているのか

彼は世間に注目されるだけの実力を持っている。
が、同時にその実力を鼻にかけ、高いプライドを持っていた。

三宮悟

またあいつか? 
しつこいな

三宮悟

な何だ……?

すみませーん

あの……
る、留守かな……?

入りますよ?

三宮悟

な……っ

少女

お邪魔しまーす……
って、いるじゃないですか

三宮悟

……誰だお前

少女

初めまして。私は人形です!

三宮悟

………………は?

少女

人形です

三宮悟

……………警察に通報した方がいいのか?
これ

少女

え、ちょっとやめてくださいよ!
すみません、ちゃんと説明しますから

三宮悟

……

少女

私は、人形に宿る魂です

三宮悟

やっぱり、警察に通報を……

少女

う、嘘じゃないですよ?
大事に扱われた人形には魂が宿るんです

三宮悟

いや、だってお前どう見ても人間だろ?

三宮悟

変な格好はしているけど

少女

そ、それにはいろいろと事情がありまして……

三宮悟

あー、はいはい。話すと長い事情があるんだな。分かったから帰れ

少女

か、帰りません!

少女

あ、すみません、大声を出してしまって

少女

でも本当なんです。
私は人形に宿る魂……
でも、私が宿っていた人形は捨てられて無くなってしまった

少女

だから、私はこうして具現化しました。
新たな依代を探すために

三宮悟

…………

三宮悟

分かった話は信じることにしよう

三宮悟

だから帰れ。
ここはお前のような人形?
が来るところじゃない

少女

い、いえ帰りません!

少女

あ、私ったらまた大きな声を……

少女

ここへ来たのはあなたが天才人形師だと聞いたからです。
どうか、私が失った依代の代わりに、新しい依代となる人形を作っていただけませんか?

三宮悟

……はぁ?

三宮悟

お前、俺のことを天才人形師だと言ったな?

少女

え? あ、はい

三宮悟

そうだ。俺は天才人形師だ。
分かっているなら話は早い

少女

どういうことですか……?

三宮悟

だーかーら
俺は天才人形師だ。
だからそんな荒唐無稽な依頼なんて受けないんだよ

三宮悟

それとも?
さぞ高い報酬を用意してくれているのか?

少女

い……いえ……

三宮悟

なら諦めるんだな

少女

そ、そんな……!

少女

一筋縄ではいかないと聞いていたけれど、ここまでだったとは……ん?

少女

あの、この人形はあなたが作ったものですか?

三宮悟

ん……?
ああ、そうだが

三宮悟

ああ、それでよかったら持って帰っていいぞ
失敗作だからな

人形の魂と名乗る少女は、散乱していた布の山の中から一体の人形を取り出して抱えた。
リボンがあしらわれた可愛らしい洋服を着、同じ模様の髪飾りを付けている。
一見とても精巧に作られた人形に見える。
現に、これを見た悟の友達はこの人形をいたく褒めていた。

少女

ええ、確かに失敗作ですね

三宮悟

ん……? 
お前分かるのか?

少女

はい、まるで『気』を感じられません。
これでは私が乗り移ることも不可能です

三宮悟

……こいつ

少女

あれ? これも……あ、こっちも
なんだか失敗作だらけなんですね

少女

まさか天才という噂は嘘だとか……

三宮悟

黙れ!

少女

えっ

三宮悟

とにかく、早くここから出てい……

三宮悟

……何の音だ?

少女

な、なんでしょう……

何かを引きずるような、重く、不気味な音が二人のいる書斎へと近づいてきていた。

謎の少女と悟の出会い。
これが彼の人生の大きな転機になることを、彼はまだ知らない。

今はただ、この不気味な音の主の登場に身構える外なかった。

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