「ザケンナー!」
放電加工機から生まれた化物は低いうなり声を上げると、再び右手の電極を繰り出してきた。

雪城

これならどうだ!?

雪城は炭素鋼のシールドを展開するが、化物の電極からほとばしる火花は見る見るうちに鋼板に孔を穿つ。

雪城

うわあぁぁあぁ~!

美墨

雪城!

もんどり打って倒れた雪城に、美墨が駆け寄っていく。

美墨

雪城! もうだめだ。
ジュラルミンも、チタンも、炭素鋼のシールドもダメだった

美墨

あきらめよう。廃業だ。
俺達の製品は全部、あの化物に壊されちまうんだ

雪城

あきらめる? バカを言うな。
やっと反撃の準備が整ったところじゃねえか

満身創痍の雪城はしかし、にやりと笑ってみせた。

雪城

ブリキはもちろん、青銅・チタン・炭素鋼……
同じ厚さで材質の違う板に孔を開けるのに何秒かかるか、そのデータが取れた

雪城

これを分析すれば、やつの電極の性質がわかる。そうすりゃ、あの電極で加工しにくい金属を割り出せる

放電加工は、電極と加工される部材、それぞれを構成する金属が何かによって、加工しやすさが異なる。

部材の素材に合わない電極を使ってしまうと、いくら放電してもなかなか部材の加工が進まず、電極の方がどんどん磨り減っていく、といったことも起こりうる。

雪城

俺らのシールドに孔が開ききる前にやつの電極が完全に摩滅すれば、俺らの勝ちだ

美墨

雪城……

美墨

よし、お前はもう休んでろ。
お前が体を張って取ってくれたデータを解析して、必ずあいつに負けないシールドを完成させるからな!

言うが早いか、美墨は化物に負けない板金の開発のため、駆け出していった。
ふたりの、ブリキ屋へ。

とある部活の日。
杜子春(としはる)は自慢の原稿を部長に見てもらっていた。

部長

ふむふむ。
ところで、放電加工って油や水に部材を沈めて行うって事は知ってる?

杜子春

そりゃ知ってますけど、化物の攻撃に予備動作として油や水に沈めることが必要だったりしたら変じゃないですか

部長

ええ。わかってるのならいいのよ。
わかった上で無視するのはいいけど、よく知らないことを適当に書くと読者はそれに目ざとく気づいて、一気に冷めるわ

そんなやり取りを聞きながら、あたしも原稿を進める。

あたしの作品、『純血最後の真祖姫』は、吸血鬼の真祖が他の妖魔との混血化が進み、ついに最後の純血真祖となってしまったお姫様の話。

今書いている、一人ぼっちのお姫様が、お忍びで人間の住む町に遊びに行くシーンは、プロットでは一行だけれど、書いているうちに長くなってしまった。

他に純血の仲間がいないお姫様。正体を隠している彼女に、優しく接する町の大人たち。
杜子春から聞いた、町工場の職人さん達に優しくしてもらった話に触発されたのかもしれない。

雪乃

こうやって、他の人の作品から影響を受けたりするから

雪乃

たのしいな。みんなで書くって

部長

あ、あとここ。新しく誕生した化物を子供がはじめてみるシーン。
「化物」って言葉を使わずに書いてみて

杜子春

どうしてですか?

部長

「異化」という小説の技法よ。
この子供は最初それが化物であることすら気づいてないわけだから、「なんだこれは」という感覚を読者にも共有させるの

部長

というわけで、この「ザケンナー!」という特徴的な化物の雄叫びまでは、「化物」という言葉をつかわないこと。
細かい部分の見た目とか、そこから受ける雰囲気とかを描写して、異様さを際立たせるの

杜子春

お、それいいっすね!
なるほど「化物」って言葉を使わず、見た目とかの描写っすね。かっこいい!

杜子春もやっぱり、ひとりで書いている時より楽しそうだ。

でも杜子春がしょっちゅう禅子部長に意見を求めるせいで、部長が杜子春にかかりきりになってしまい、あたしが部長のアドバイスを受けたいときに受けられないのが……

雪乃

ちょっと妬ける……

休憩のため教室を出て、風に当たりながらクールダウンしていると、いつの間にか横に禅子部長がいた。

部長

杜子春くんのお守りばっかりしてたから、あんまり雪乃ちゃんに構ってあげられてなかったね、最近。

部長

ごみんねー。
あいつ、ちょっと書いてはすぐ「これどうっすか部長」ってしつこくてさー

雪乃

いえ、大丈夫です

雪乃

それより部長は大丈夫ですか?
自分の原稿は

部長の作品、『エッジワーズ・カイパーベルト』は、星系間航行が可能になった未来において、太陽系の外縁付近を航行中の宇宙船が怪現象に巻き込まれる事件が続発する、というSFホラー作品だ。

SFは他ジャンル以上にたくさんの資料を調査しないと書けないから、部長はみんなより自作品の執筆にかかる負担が大きいはずなのに、あたしたち後輩の面倒まで見ていて大丈夫なのだろうか。

部長

そこはちゃんとスケジュール管理して書いてるから大丈夫

雪乃

……

部長

……何か、お悩みかな?

風が、吹き抜けていった。

悩み。
上手く言葉に出来ない、自分でも正体のつかめない悩み。
取るに足らないようでいて、今の自分にはそれなりに深刻なような、
たくさんあるようで、そのどれもが複雑に絡まりあって一つになっているような、語義どおりの『心的複合体(コンプレックス)』。

その悩みの全貌は自分にすらわからないけれど、言葉に出来る部分だけでも相談してみたら、多少は心が軽くなるかもしれない。

雪乃

……あたしは、たぶん創作において、杜子春には絶対に敵いません

部長

……そうかもね

部長

今あなた達が書いている作品だけをみれば、雪乃ちゃんの『純血最後の真祖姫』の方が面白いわ。でも……

部長

杜子春は持ち前の不屈の精神で、これからも自分が良いと思う作品を書き続けるでしょうね。『ふたりはブリキ屋MaxHeart』だとか、『ふたりはブリキ屋SplashStar』だとかね

部長

信念を持って書き続けるうちに、いつしか凄いものを作り上げてしまう。
彼にはそんな力がある気がするわ。

雪乃

……ですよね

雪乃

あいつに勝てないなら、あたしは創作をやる意味はあるんですかね。
あいつほどの信念もないのに

部長はしばらく考えてから、ゆっくりと言葉をつむいだ。

部長

雪乃ちゃんは、好きな小説家とか、マンガ家とかいる?

雪乃

ヒラコー先生とか、きのこ先生とかですかね。

部長

じゃあ、雪乃ちゃんはヒラコー先生やきのこ先生を越えることが出来ると思う?

ヒラコー先生やきのこ先生を越える?
……だめだ、彼らを越える作品を作る自分を想像できない。

雪乃

無理です

部長

だよねー
あたしも無理

部長

でも、彼らを越えられなくても、それでも雪乃ちゃんが創作をする理由は何?

雪乃

……

雪乃

楽しいから、ですかね

部長

それでいいんじゃないかな?

部長

杜子春くんの『ブリキ屋なんちゃら』が世界累計一千万部を突破しようと、あなたはあなたで自分が楽しいと思えるものを書けば。

部長

それに、ヒラコー先生やきのこ先生に追いつくのに比べたら、杜子春くんに追い越されないようにするのは簡単なことなんじゃないの?
あいつ馬鹿だから

雪乃

そっすね
あいつ馬鹿っすから

思春期の悩みなんて蝶結びみたいなもので、ぎっちりとがんじがらめに縛られているように見えても、ある一点をすっと引っ張れば、簡単にほどけたりする。
そんな風に、あたしの心もすっかりほどけたような気がした。

雪乃

さて、
そろそろ執筆に戻ります

部長

がんばってねー

教室に戻りながら、あたしは小説の構想を練っていた。あのシーンはこう書こう、あのキャラの登場シーンでは容貌をじっくり記述して……

この小説はきっと、あたしにとって最高の作品になる。
だからと言ってみんなが「この小説最高や」とか、「この小説の面白さは五臓六腑に染み渡るでホンマ」とか言ってくれるほど客観的に観て面白い作品にはならないだろうけど、
それでも、書くことの楽しさを今は大事にしようと思う。

書きたいものを楽しそうに書いている杜子春を見習って、ね。


第二文芸部・後編

facebook twitter
pagetop