広い、
 広い、
 公園の、
 奥。

 開かれた広場の、その先。

 そこに、白い女が立っていた。

ケンスケ

 …………


 心臓が身体の底から胸を押し上げる。


 白い女。


 距離が離れているため、あまりよく見えないが、背は高くない。
 むしろ低い方だ。

 透き通るような白色の、ゆらりと揺れる細い髪。

 それと連動するように風でなびく、キラキラと光る純白のワンピース。
 
 彼女のその姿は、まるでその身体が幻であるかのように、曖昧で、儚げで、そしてあまりにも透明だった。

ケンスケ

 あれが……噂の、白い……女……?

 彼女の表情は、距離が遠すぎて確認できない。

 しかし僕は、なんとなく彼女が笑っているような気がして、得体の知れない恐怖心がゾゾゾゾッと背筋を駆け上がった。

玻璃

 ……ちょっと行ってみよ

 玻璃さんは言いながら自転車から降り、公園に向かって歩き始めた。

ケンスケ

 おいおいマジかよ。
 大丈夫なのか?

 美香から聞いた話では、白い女に関わってはいけない、とかそういうものではなかった。

 それにあの手を振っている女性が噂の白い女であると断言はできない。
 
 ならばべつに、ここで僕が変に焦る必要は無い……か?

 ……だが、

ケンスケ

 ちょ、ちょっと玻璃さん、ぼ、僕も行くよ

 僕は何故か、ここで玻璃さんを追いかけなければならない気がした。

 自転車から降り、すでに公園の入り口に差し掛かっている玻璃さんの元に駆け寄る。

 その、直後である。
 

 と、大きな風が吹いた。

 まるで一瞬だけ台風が来たかと思わせるような強風である。

 当然、前を行く玻璃さんのスカートもめくれ上がる。

ケンスケ

 フンハァ!!!!

 目に飛び込んできた素晴らしい光景に僕の思考回路はショート寸前。

 ニーソックスと生足の境目ほどこの世に美しい線形は存在しない、という僕の仮説が正しかったことを証明した瞬間である。

 肌触りの良さそうな黒く輝く布の艶と、きめ細かく柔らかそうに膨らんだ素肌のハーモニー。

 そしてそのムチムチな太ももを上へと辿ると、そこには真理の扉が存在していた。

 ふぅむ、なるほど。

ケンスケ

 綿塚さんは縞パン派かぁ

 風が止み、その輝く窓が閉じたとき、僕は玻璃さんの視線に気が付く。

玻璃

 …………

ケンスケ

 …………

ケンスケ

 いやっべぇ~……

玻璃

 香田君、パンツ見た?

ケンスケ

 パンツガン見してたのバレてるぅ!

 ずずい、と玻璃さんは僕に詰め寄る。

 表情や口調は普段と変わりなかったが、もしかしたら怒っているのかもしれない。

ケンスケ

 ……どうしよう、言い訳が思いつかない

玻璃

 ねぇ、見たの?

 さらに距離を縮める玻璃さん。

 目と鼻の先まで顔が近づき、女の子の香りがふわりと鼻をくすぐる。

ケンスケ

 ち、近い……

 思わず目を逸らそうとした、その矢先、

ケンスケ


 ほげえええ!?
 

 何か大きな金属が思いっきり叩きつけられたかのような轟音が背後から鳴り響いた。

 驚きつつ、僕と玻璃さんは振り返る。

ケンスケ

 …………!

 目に飛び込んできたのは、道路に散らばった建築資材である。

 先ほどまで綺麗に立て掛けられていたものだ。

玻璃

 今の大きな風で、倒れちゃった?

ケンスケ

 ……そう、みたいだね

 言いつつ、僕は再び公園の奥に目を向ける。

 しかし、すでに白い女の姿はなかった。


 不気味。


 あまりにも、気味が悪い。

 得体の知れない不安感。

玻璃

 ……香田君、大変

 そう言って、玻璃さんは僕の方を指差した。

 否、その指は、僕の後ろ……つまり、倒れた建築資材の方を指しているようだ。

 僕は思わず振り返る。

 資材はどれも背が高く、そしてその分だけ重量もあるはずだ。
 
 例えばそんなものが上から振ってくれば、下のものなんてひとたまりも無いだろう。

 
 僕は散乱した資材の方に目を向ける。

 

 そこには、資材に押しつぶされた――




 僕の自転車があった。
 

ケンスケ


 ほげええええ!!!
 僕の自転車があー!
 

 僕は頭を抱えながら絶叫して走り出す。

玻璃

 香田君、リアクション大きい

 玻璃さんの言葉を無視し、僕は泣きそうになりながら潰れた自転車へと駆け寄る。

ケンスケ

 ね、姉ちゃんに殺されてしまう……

玻璃

 ……自転車の発掘、手伝う?

ケンスケ

 いや……大丈夫。
 玻璃さんは僕の最後になるだろう雄姿を見ていてくれ……

 僕は必至で建築資材に埋もれた自転車を救出する。

 が、半分くらい資材を退けたところで、なんかもう修理不能と一目瞭然で分かってしまうくらいグンニャリとひんまがっているのが確認できた。

 ちなみに玻璃さんの自転車は被害に合わずに済んだようだった。

 運が良い。

玻璃

 ……香田君、ファイト


 そんなこんなで、春だというのに汗だくになりつつ、僕は資材の中から自転車を救出した。

 その直後、腹が立つほどにこやかな笑顔で美香が帰って来た。

美香

 いやーケン君、玻璃ちゃん、お待たせお待たせー。
 店員さんが本を探すのに時間かかっちゃってさー……

美香

 って、あれ?
 ケン君、その鉄クズは何?

ケンスケ

 ……自転車だったもの


 美香は腹を抱えて笑い転げた。

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