四条清水高校の売店部。
 いつもと変わらぬのんびり営業であるが、最近の『いつも』は少々毛色が違う。
 なにぶん一風変わった客が多い。店員が一般の規範から逸脱しているから、類は友を呼んでいるのかもしれない。

有線放送

繰り返します。政府は非常事態を宣言しました……

 有線放送は音楽を打ち切って物騒な放送を流している。

ミユキ

戦争だってね

リサ

ど田舎には関係のない話よ

 店員ふたりも、別の意味で物騒な話をしている。
 彼女たちにとって、国はあまりにも遠い次元の話。
 町と村の中間点にあるこの店舗と、それを取り巻く共同体が世界のすべてだった。
 世界地図を描かせたら、イェルサレムを中心に置いた『OT図』を提示しかねない。

 その場合の四条清水はどこか?
 やっぱり世界の端っこ、辺境も辺境にぽつねんと置かれることになるだろう。

 彼女たちにとっては『しゃべる熊』『ハードボイルドなテトリスブロック』『その他の異世界人』等々は日常であって、中心にありき都会の非日常など知ったこっちゃないのである。

ミユキ

らっしゃーせー!

リサ

いらっしゃいませ!

 扉は開いた。
 音も鳴った。
 ところが、姿が見えない。

ミユキ

おや?

リサ

故障かな

 外は雨。
 厚い雲が掛かっているのか、まるで夜のような暗さになっている。
 弱めの風も吹いていて、濡れた落ち葉が地面を滑っていった。

 自動ドアが閉まる……。
 と、思いきや。

 また開いた。
 誰も入ってこない。

ミユキ

故障だね

リサ

マジでー。勘弁してよ。余計な出費だ

ミユキ

機械も人間も壊れるものだよ

リサ

今さらっとすごいこと言わなかった?

 ミユキがカウンターを出て、自動ドアに近づいていく。
 その時である。

ミユキ

うわっ!

リサ

どしたん?

ミユキ

このあたり、すごく暖かい。生暖かいっていうか

リサ

ん……?

 リサも近づいてくる。
 わっ、と声をあげた。

リサ

ホントだ、暖かい!

ミユキ

ね?

リサ

なんでだろう

ミユキ

まるで誰かがいるみたい

 しん……と静まり返る。
 雨がガラスを叩く音が、ひどく大きく聞こえた。

ミユキ

誰か、いる?

リサ

いやいやいやいや

 ミユキとリサは暖かい部分から三歩退いた。

リサ

どちら様ですか!

ミユキ

透明人間さん、強盗ですか?

リサ

どっちも来てほしくないなあ!

 反応はない。
 自動ドアも動かない。
 ミユキ、リサ、じっと互いの目を見る。

 こくり。

 頷き合って、再び近づく。
 今度は暖かくない。

ミユキ

うーむ

リサ

ちょっと待って。自動ドアが動いてない

ミユキ

え?

 リサの指摘で、ミユキは自動ドアの上にあるセンサーを見た。
 なるほど、電源が落ちている。ランプがついていない。
 事実、ミユキが歩を進めても、もはや反応しなくなっていた。

ミユキ

おー

 ミユキが自動ドアをこんこんと叩いてみる。
 小さな隙間がないか確かめてみる。
 どうにか開かないかと苦心してみる。

ミユキ

開かない

リサ

マジで

ミユキ

閉じ込められた?

リサ

裏口から出れば……

 突然の音に、ミユキもリサもびくりと体を震わせた。

ミユキ

わあ!

リサ

うー

 明らかに異常事態である。
 ミユキなどはわざとらしいくらいに大声を上げて、恐怖心を抑えこむようであった。

ミユキ

あれ、従業員室?

リサ

裏口の方だった気がする……

 抜き足差し足忍び足。
 ミユキとリサは裏に向かった。

 従業員室から廊下を経て勝手口に辿り着けるのだが、外の暗さもあって、妙に不気味に感じる。

ミユキ

リサさんや。前に出る気はないかえ?

リサ

ない

ミユキ

冷たい

リサ

怖いもん

 勝手口は……開かない。
 鍵は開いているようなのだが、なぜか全く動かないのだ。
 それに、取っ手が変なぬめりに覆われている感もあった。

ミユキ

わー!

 ミユキはあまりの気持ち悪さに、声を上げた。

リサ

うわ、何これ

 リサもそのぬめりに気づき、ふたりは水道で手を洗った。
 水は出た。
 どうやらライフラインが途絶したわけではないらしい。
 そもそも店内の照明はついているので、電気も来てはいるのだ。

リサ

今のは?

ミユキ

レジだ!

 わかってはいたが、ミユキもリサも思ったように足が進まない。
 人間にとって、最も恐ろしい敵は『不明』である。
 何もわからない、理解しがたい事態が進んでいるからこそ、想像をたくましくしてしまう。
 正体さえわかってしまえば、まさしく『幽霊の正体見たり枯れ尾花』なのだが……。

 店内に戻った。
 レジが開いている。

リサ

お金、ある?

ミユキ

取られた様子はないけど

リサ

一枚二枚は盗んでるかもしれない

ミユキ

それ、嫌がらせだよぅ

 もしもすべてが計画通りなら、手の込んだ窃盗犯である。
 その上、店員がいないレジを開けて、全部ではなかう一万二万を盗った程度。
 知能犯の壮大な暇つぶしではないかとさえ思える。

 ふいに、お菓子が棚から落ちた。

ミユキ

きゃー!

リサ

うるさい!

 ミユキがリサの耳元で叫んだため、リサは恐怖より突っ込み精神が勝ったらしい。
 しかし、しっかり陳列されていたお菓子の箱が落ちるのは奇妙である。

ミユキ

やだよぉ。熊でもテトリスでも変態でもいいけど、怖いのは反則だよぉ

リサ

いっそ『死んでたのは私たちでした』ってオチはどう?

ミユキ

それが一番やだよ!

リサ

いざとなったら、そこのガラスを叩き割って外に出るしかないね

ミユキ

何が起きてるんだろう?

リサ

この中に、私たち以外の誰かがいるのは確かだと思う

ミユキ

お客さぁん、見えるようにしてくださぁい

リサ

見ただけで正気を失うような化け物なのかも……

ミユキ

いあいあくとぅるふ!

ミユキ

らっしゃーせー!

リサ

いらっしゃいませ……?

 どんなに恐ろしい事態でも、挨拶はしてしまう。
 これもコンビニ店員の悲しき性かもしれない。
 今度は誤作動ではないようだ。

???

すみません。最近、というかたった今まで、このあたりで変な出来事が起きませんでしたか?

リサ

貴方が変です

ミユキ

ダメだよ、リサちゃん。ホントのことを言ったら

???

実は時空魔法に失敗しちゃって、過去の出来事だけがこのあたりで頻発してるみたいなんです

ミユキ

あー!

リサ

うるさいってば!

ミユキ

そういえば、あのお菓子、私が今朝落としちゃったやつだ!

リサ

マジで?

ミユキ

マジで

???

はい、そういうことなんです

 つまり……。

リサ

この空間では、時系列がめちゃくちゃに出来事だけが起きてるってこと?

???

ゲーム的に言えば、イベントフラグの管理がボロボロってところで

リサ

なぜゲーム的に言い直した

???

理解が進むかな、と

ミユキ

そうだー! 私、裏の出入口の取っ手に納豆こぼしたんだった!

リサ

なぜ納豆!

ミユキ

おいしいから

リサ

いや、店内で納豆食べる必要ないじゃん!

ミユキ

違うよ。納豆巻きだよ。あれ、油断してると反対側から納豆がこぼれるんだよ

リサ

歩きながら食べるな!

???

ということで、たぶんいろんな出来事が起きたと思いますが、ようやく復旧が終わりましたので

リサ

ああ、良かった。ホントにびっくりしたんですよ

ミユキ

幽霊みたいなのがお客さんで来たかと思いました

???

それでは、私はこれで……

 すぅっと。
 彼女は消えた。

ミユキ

あれ?

リサ

ん?

 もしかして。
 もしかすると。
 ミユキとリサは再び互いの顔を見やった。

ミユキ

わー!

リサ

ぎゃー!

 今度ばかりは、ふたりして絶叫した。
 あれはいったい何だったのか?
 時空の歪みか、はたまた超常の存在か。
 それを確かめる方法はなさそうだが、ともあれこの店ではいろいろ起きるものである……。

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