廊下に引かれた赤い線。夕焼けのせいにしては色濃く、そして、嫌悪感を感じさせる色だった。ふと、麻衣は懐かしい臭いに思わず鼻を塞いだ。懐かしい、とは言っても、あまりいい思い出のものではない。あれは何時だったか、確か――。
ね、ねぇ麻衣ちゃん。何、これ……
廊下に引かれた赤い線。夕焼けのせいにしては色濃く、そして、嫌悪感を感じさせる色だった。ふと、麻衣は懐かしい臭いに思わず鼻を塞いだ。懐かしい、とは言っても、あまりいい思い出のものではない。あれは何時だったか、確か――。
麻衣ちゃん!
そこまで考えた麻衣は、沢近の言葉で現実に引き戻された。そうして、そのまま過敏になっていた神経が拾ったのは人間の息遣い。麻衣は恐る恐る教室を出ようとしていた沢近の手をぐいと引き、教室へと引き戻して勢いよく扉を閉める。勢いで尻餅をついてしまった沢近だったが、麻衣の真剣な顔を見て、何かがあったんだとすぐに察した。
……里香ちゃん、誰か外に居るのじゃ
え……? が、学校の人じゃなくて……?
もしかしたら廊下を真っ赤にした犯人かも知れないのじゃ。それだったら会っちゃうのは良くないのじゃ
麻衣の言葉に、確かにと沢近は頷いた。沢近がゆっくりと立ち上がって麻衣の隣に立つまでの間、麻衣はじっと扉を睨みつけている。そんな麻衣に、沢近ははっと思い出したように教室の端の掃除箱から箒を日本取り出すと、一本を麻衣に差し出した。
はい、麻衣ちゃん。こういう時は、武器があったほうが良いと思う
さっすが里香ちゃんなのじゃ。でも、無理に戦うのはよくない、っておっきい兄者も言ってたのじゃ。麻衣達はか弱い乙女じゃから、逃げるのが先決じゃ
う、うん! そうだね!
この教室は三階故に、窓から逃げるわけにもいかない。その上、扉の傍の人影は、その場から動いた様子も無い。ふと麻衣は、双子の兄達の事を思い浮かべた。彼らならどうするか。彼らなら、こんな状況をどうやって打破するのか。
……! 麻衣が囮になるのじゃ。里香ちゃんはその隙に逃げて欲しいのじゃ
え!? で、でも!
いいから!
そう言った麻衣は、意を決して扉を開けると人の気配を思い切り箒の柄で殴りつけた。その時初めて、麻衣は扉の傍に居た人影が長い髪の女性であると気付く。同時に、涙目の沢近は反対の扉から飛び出した。
おい恵司、お前何か考えはあんのか!
いや無い! だから今から答えを聞きに行く!
恵司が急ぎ足で廊下を進む中、鬱田はそれに付いていきながら質問をする。音耶も合わせて駆けていった。
答えって、お前まさか!
音耶が言うのと、"答えが発表される"のはほぼ同時だった。恵司が飛び込んだのは最初に彼らが居た場所、即ち、麻衣のいる仮捜査本部だった。
麻衣、聞きたいことがある
……やっぱり、兄者達には隠し事、出来ないのじゃ
……麻衣
麻衣ね、人を殺しちゃったのじゃ
里香ちゃんを、殺しちゃったのじゃ
その言葉に、何事かと作業を止めていた捜査官達が麻衣を見る。そもそも今回の事件はまだ鈴木伊緒殺人事件としかなっておらず、沢近里香が殺されたとはわかっていない。しかし、彼女が何か知っているならば。捜査に行き詰っていた捜査官達は麻衣に詰め寄ろうとするが、それを制したのは音耶だった。
彼女からの事情聴取は私がやるという話だと最初から決まっているだろう。お前達は現場に残された証拠が無いか調査しろ
……音耶やっるうー
……麻衣の事は、ちっちゃい兄者達が守ってやる。だから、あっちで話そう
音耶がそう言うと、麻衣は小さく頷いて音耶の後に続いた。恵司は音耶と麻衣の前にすっと入ると、隣の教室の戸を開けた。音耶と麻衣が中に入ると、鬱田にも入る様促す。
鬱田、お前もだ。お前が居なきゃ捜査出来ないんだろ?
兄妹の問題だろう。その点俺は部外者だ
なぁに、鬱田先生なら麻衣だって許してくれるだろ。な、麻衣
恵司が教室の中に頭だけを突っ込んで声を掛けると、麻衣はこくりと頷いた。それを見た恵司は、鬱田にウインクをする。
……へっ、気持ち悪いんだよ
鬱田は申し訳なさと、なんとなく自分も入れて貰えたという気持ちを抱えながら、教室に入るのだった。
鬱田が恵司の横を通って教室に入ると、恵司はそっと教室の扉を閉める。
さて、こっからだな