そして、今。
世界は赤に染まっていた。

ルシュト

なんで……

目の前には、まだ熱を残したままのザクラスがいた。
ただし、二度と動くことのない彼が。

いや、それだけではなかった。
第六訓練隊はほぼ壊滅しつつあった。

ササムをはじめ、まだ息のあるものは数人いた。
しかし多くは気を失っていたし、そうでないものはあまりの痛みに気も失えない、致命傷。

つまり、僕を除いてほぼ皆、死にかけていた。

ルシュト

なんで、こんなことに……!

答えは、簡単だった。

本隊が倒す予定だった大型のP‐2型と呼ばれる魔獣が、僕らの部隊のほうに出てきたからだ。





本来の生活区域を超えた行動。
電脳空間、ヴァーチャルリアリティの訓練では無かった、不測の事態だった。


視覚以外はあまり強くないP‐2型は、最後に誰かの放った閃光弾で視界を奪われ、錯乱したようにあちこちの樹に体当たりを繰り返していた。


しかし視界が戻ればすぐにまた僕たちを襲ってくるだろう。 
皆を助ける時はない。


僕も避けたときに地面にぶち当たった衝撃で、通信がいかれてしまっていた。
かろうじて周囲の生体反応を追えるくらいのものだ。

最後の通信で、あと数分で色卓の誰かがこちらに向かうというのを聞いたけれど、その数分だって待たずに、ここにいるものは息絶えるに違いなかった。



ああ、別にもう一人、誰かがいてくれれば。
残ったのが僕でなければ。
そうであればきっと、良かっただろうに。



でも、世界には僕と、そして魔獣だけだった。


希望は、ない。

ルシュト

嫌だ


人が死ぬのは、誰かがいなくなるのは、嫌だった。
良心だとか、罪悪感とか、喪失感でも悲しみでもなく。


命を、僕は背負えないから。


……そうだ、僕はただ普通に、普通だけど、幸せに暮らせればそれだけでいいんだ。

なのに、いつだって世界がそれを邪魔するんだ。

ルシュト

なんで、僕なんだよ……⁉

奇しくもそれは、ザクラスと同じ、しかし込められた思いが正反対の言葉だった。

……車の中で。
僕は緊張をどこかに置いてきただなんてササムに言った。
けれど、本当は違う。

僕がおいてきたのは、覚悟だ。
誰かが死ぬ覚悟、殺す覚悟、自分が死ぬ覚悟、そんなもの全て。

何も背負っていなかったから、僕は落ち着いていられたんだ。


死にたくはない、殺されたくはない。

だけど、僕は、僕は。
殺したくだって、ないのに。

ルシュト

お願いだ、殺さないで
……殺させ、ないで


殺さないから、殺さないで。

哀願のような言葉、それが僕の本音。
逃亡者たる僕の、偽りのない……

違うだろう?


どこかでそんな声がした。
嗤っているような、声がした。

違うだろう?
殺させないで、だなんて……嘘吐き


嘘なんかじゃ……嘘なんかじゃ、ない。


僕はその声が何なのかもわからないまま、耳をふさいで首を振った。

でも、声の浸食はやまない。

その上、なんで僕なんだ、だって?
あは、笑えるね。
そんなこと決まりきってるじゃないか……



嫌だ。嫌だ嫌だ。聞きたくない。

僕は、殺したくなんてない。


殺したくない、殺したくない、殺したくない殺したくない、殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したく殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくないない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したく殺したくない殺したくないない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したくない殺したく――


――殺し、たい。

あは。そうだよ。分かってんだろ“僕”
僕がこんな目に遭うのなんて……

嗚呼。黒く染まる視界に、僕は思い出す。
思い出して、絶望する。

その声が……僕のものだということを。

ルシュト

そんなの全部、僕が“殺したがり”だからに決まってるだろ


僕は自分の口が笑っていくのを感じていた。
あの自分を受け入れるのは簡単だ。

ただ“殺したい”と、そう思うだけ。

——個体認証、完了しました——

仮面の声がまた、脳の中に滑り込んでくる。

この認証に、長ったらしいコードは必要ない。

ほとんどの国民は知りもしないが……一色面と他の仮面とは、そもそも本質的に違う。
いや、もっと言うならば、他の仮面は全て、僕たちが“何故か“手に入れていた一色面の模造品に過ぎないのだから――。


だからこそ予防策のように、僕はあの無垢な白面と、そしてアルファベットの羅列に執着していたのだろう。

今となっては、愚かしいことにしか思えないけれど。


——最終確認、パスワードを——

ルシュト

murders sympton……殺人鬼の病


それは、殺したがりの“俺”の名前。


——最終確認終了。シュヴァルツ起動します——


すべてを絶望に沈める、声がした。

ルシュト・エルンセン。
彼はただの訓練兵にして、一学生に過ぎない。

けれど彼のもう一つの顔は、仮面は、こう呼ばれる――




“殺したがり”《マーダーズ・シンプトン》のクロ。
そして、レグニア帝国の仮面皇帝、と。

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