郊外にある、小さな駅で降りたマリアが見かけたのは、大柄な影。セツナ、だ。
嫌な奴が、居る
郊外にある、小さな駅で降りたマリアが見かけたのは、大柄な影。セツナ、だ。
セツナの方も、同じ駅で降りたマリアのことに気付いている。二人しか降りていないのだ、気付かなかったら鈍感過ぎる。だがセツナは、マリアのことを無視して、駅から伸びる一本道をどんどんと歩いて行く。
どこに行くの?
声が届くように、大声を出す。
セツナは振り返ると、一本道の先に見える山を差して言った。
八重桜が、あるんだ
あまり有名ではないが、山の中腹にある寺院の庭に、重たい感じの花を咲かせる桜があることは、マリアも知っている。その桜の花の写真を、撮りに行くのだろう。セツナの胸で揺れる、古い感じのするカメラが、そう語っていた。
なんだ。ほっと息を吐く。セツナは、ユキの為にここに来たわけではないのだ。そう考えて、はっとする。……セツナには、教えていなかった。セツナに対する怒りが、強過ぎて。
だから。
一緒に来て
セツナに駆け寄り、その無骨な腕を引く。
ユキのお墓も、この近くにあるの
マリアの言葉に、セツナの目が大きくなる。
そのセツナの腕を放すと、マリアは先に立って案内した。
ユキと、ユキの家族が眠る墓は、山の中腹にあった。
季節は、春。木々は芽吹き、山の花々は穏やかに咲き乱れている。
静かな、場所だな
ユキの墓に手を合わせたマリアの背後で、セツナが息を吐くのが分かる。
何故、自分は、セツナをこの場所に案内する気になったのだろうか? 瞑目しながら、そっと考える。おそらく、昔より優しい気持ちになったからだろう。そして、……ちゃんと決めたからだと、思う。ソウのことも、ユキのことも。
ソウのことを考えると、今でも心が痛む。ユキを想うマリアの気持ちを知っていても、ソウはあくまで優しかった。だからこそ、マリアはソウと離れなければならなかったのだ。そして、ユキのことは。
留学、決めたんだってな
不意に、セツナの声が響く。おそらく、セツナの大学における指導教員でもあるアマギ教授から聞いたのだろう。
ユキも、喜んでいる
当たり前じゃないの
ユキの為に、決めたのだから。ユキの代わりに、ユキが見たいと思っていたものを見、ユキが知りたいと思っていたことを知る。その方が、ユキを想ってただうじうじしているだけより、ユキは喜んでくれるだろう。
あなたに言われたくはないわ
優しい気持ちになっていても、このセツナにはキツい言葉しか出て来ない。何故だろう? セツナの方を振り向きながら、マリアは思わず首を傾げた。
ユキは、あんたの心の中にいる
不意に、セツナがマリアの胸を指差す。
俺の胸の中にも、だ
分かってる
そんなの、当たり前じゃない。
……
ユキもそう、言っていた。
だから。
マリアはセツナに背を向け、雲一つない空を、見上げた。