帰り道は、一人だった。

 大学から自宅までは、多少無理をすれば徒歩圏内。行きはソウに送ってもらったが、そうしばしばソウに頼るわけにはいかない。ソウだって、自分の生活があるのだから。自分の足で歩かなければ。

 だが。

……はあっ

 何度目かの溜め息が、マリアの口から漏れる。

 先生に呼び出されて言われたのは、やはり、留学のこと。時期としては外れているが、行きたいのであれば、早めに行った方が良いというのが、先生の意見。そして、マリアの考え、は。

行きたい
……でも

 ユキの顔が、脳裏に浮かぶ。母が日系アメリカ人であるマリアは、高校生の頃、夏休みを利用して母方の祖父母のところへ遊びに行ったことがある。母に良く似た、英語を喋る従兄弟達や、穏やかな中にもぴりっとした雰囲気の祖父母、そしてアメリカでの生活自体が、マリアには新鮮で面白かった。だが。帰国してからのマリアの土産話に、一瞬だけ淋しそうな顔をしたユキを、マリアは見逃していなかった。

行っておいでよ
僕は、大丈夫だから

 そう言ってはくれたユキだったが、やはり、自分は「行くことができない」ことを、ユキは分かっていたのだろう。ユキが悲しげな顔をするのならば、自分は。泣きそうになり、マリアは慌てて俯いた。

 こんな精神状態では、家に帰っても一人で落ち込むだけだ。そう思ったマリアは、帰り道の途中で足の向きを変えた。

 行き先は、近所にある小さな、教会。

 木曜日の教会は、外の喧噪とは全く無縁な雰囲気に包まれていた。

 母がキリスト教徒だから、そして共働きであった両親がこの教会が運営する保育園にマリアを預けていたから、マリアにとって、この教会は、物心ついた頃からの馴染み。誰も居なくても、座っているだけで安心する、場所。ユキの傍の次に、マリアが好きな場所でもあった。

 扉を開けてから、先客に気付く。

やあ

 座席の並ぶ空間の真ん中にいた先客は静かに振り向き、マリアに向かってにこりと笑った。

……アマギ教授

 驚きが、マリアの口から漏れる。

 目の前の人物は、マリアの通う大学の教授、アマギ。この教会と併設の保育所を運営する牧師の息子であり、大学におけるユキの指導教員でもあった、人物。

やはり、来たな

 予想通り。そう言う顔で、アマギ教授が笑う。その笑いに、マリアは思わず身構えた。皮肉屋のこの教授のことは、昔から知っている。だから、この次に何を言われるか、大体見当はついた。

 実際に。

留学のことで、悩んでいるんだろう?

 マリアの心を、はっきりとした声で言う。小さいが天井の高い空間に、アマギ教授の声は朗々と、響いた。

何故、知ってるの?

 当然の疑問を、口にする。

聞いていたからさ

 いつもの通り、アマギ教授の口調ははっきりしていた。

 アマギ教授は、外国から来た留学生をアルバイトで雇い、英文での報告書を校正させている。今日の午後、その原稿を取りに行った際にたまたま、マリアとマリアの先生との会話が聞こえてきたそうだ。

 そして。

まだ蟠っているのか? ユキのこと

 アマギ教授の直裁な言葉に、こくんと頷く。

ま、マリアの人生だから、好きにして良いけどな

 教会の入り口で立ち止まったままのマリアとすれ違うように外に出て行こうとしたアマギ教授は、マリアと肩を並べた瞬間ぽつりと、呟いた。

今のマリアを見て、どう思うかな、ユキは

 その言葉に、心が強く揺さぶられる。

 アマギ教授が教会から立ち去り、辺りがすっかり暗くなってもまだ、マリアは教会内に立ち尽くして、いた。

恋ハ、必要デスカ? 3

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