駿河恵司

……音耶、一つ気になるんだが

 職員室に向かうまでの廊下で、ぽつりと恵司は音耶に言った。音耶は足を止めることは無いものの顔を恵司の方に向け、どうしたとだけ返す。

駿河恵司

麻衣は第一発見者な訳だよな。時間帯は夕方……。ほとんどの生徒は帰ってる。麻衣はどうして、学校に居たんだ?

駿河音耶

ああ、何でも、友達に勉強を教えていたらしい

駿河恵司

ふぅん……。だが第一発見者は麻衣一人。更に、麻衣とその友人が帰るころには廊下には血の線があったはずだよな

駿河音耶

引き摺られた跡、って奴か。そうだな、むしろ、それがあるから麻衣は3階の教室から2階の美術室に足を運んだんだろう。じゃなきゃ、帰るというのに2階による理由が無い

駿河恵司

だが、あれだけ線だらけだ。一発で美術室に辿り着けるとは思えんな。美術室の前から線が始まったと考えることは出来ても、実際美術室の中から引き摺られたというよりは美術室を出た正面から始めたっていう感じの線だった。それに、あれだけの線を引くには時間も掛かるはずだ。校舎内であれだけ派手なことをやっていたのに、誰にも気付かれないまま……

駿河音耶

どういう意味だ? 言っていることが纏まっていないぞ

 そういう時、恵司は必死に頭の中の情報を整理しているのだと音耶は知っていた。それでも、言葉を投げかけてしまうのは真相を知りたいという刑事としての心だろう。

駿河恵司

……麻衣は、本当にただの第一発見者なのか?

 そして、恵司が疑問を口にする頃には、彼らは既に職員室へと辿り着いていた。

鬱田志乃

出井先生、刑事さん達が少し話を聞かせてほしいと

 鬱田が一人の女性に声を掛ける。彼女はその声に少しびくりと体を震わせると、恵司と音耶の顔を交互に見やった。口ごもっている彼女に変わり、鬱田は二人に彼女を紹介する。

鬱田志乃

鈴木伊緒の担任の、出井桐子さんだ

駿河音耶

出井さんですね、少しお話をお聞かせ願えますでしょうか

 出来るだけ警戒を解くために柔らかい声色で音耶は話しかけた。しかし、出井は若干目線を泳がせたままだ。それでも何とか口を開き、話し始める。

出井桐子

よろしく、お願いします。……すみません、まだ、少し気が動転していて

駿河音耶

大丈夫ですよ。我々とて鬼や悪魔の類ではないですから。可能な範囲で構いません、鈴木伊緒さんの事を、お話していただけますか

出井桐子

ええ。も、勿論です

 そう言った出井は、すうっと大きく深呼吸をすると、意を決して話し始めた。

出井桐子

彼女はとても気の強い子でして、気に食わない子がいるとすぐに仲間外れにしたり、変な噂を流したりしていました

駿河恵司

見事なまでに典型的な苛めっ子って訳か

 恵司の横槍に、音耶は彼を睨んだが、出井は何も気にしていないかのようにそのまま話し続ける。

出井桐子

ですが、それに気付いた鬱田先生が彼女を呼び出して話をしたんです。ね

鬱田志乃

……昔、被害者側だったからな。嫌でも気付いちまうもんですよ

出井桐子

それがよかったみたいで最近は大分落ち着いてきてたんですけど……

 彼女が何か言いかけた時、バン、と大きな音が職員室の扉の方から聞こえた。それに驚いて皆が振り返ると、扉の所には一人の男子生徒が立っている。

引場守

……

 口は何か訴えようと動いているが、声が聞き取れない。何事かと鬱田が彼に歩み寄ると、生徒は走って逃げてしまった。

駿河恵司

おいおい、鬱田がキモいから逃げちまったじゃん

鬱田志乃

泣くぞ? ……あれは引場だな。引場守。確か、鈴木と同じクラスじゃ――

 それを聞いた恵司は、何を思ったか急に職員室を飛び出し、その少年を追いかける。あまりに突然の事だったため、音耶はそれを止めることも、声を掛けることも出来なかった。

第二話 ④ 被害者の気持ちとは

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