駿河恵司

とりあえずは、死体の発見された場所だな。鬱田、案内しろ

鬱田志乃

ったく、命令すんじゃねーよ。音耶の方ならともかく、お前刑事じゃないくせに

 ぶつぶつ言いながら廊下を歩く鬱田の背を追いながら、恵司は窓の外に目をやった。
 本来なら授業や部活で賑わっているだろう校庭はしんと静まり返り、人の姿はほとんど無い。いたとしてもスーツ姿の警察か落ち着かなさそうな先生くらいだ。

鬱田志乃

一応、明後日までには何とかしたいらしい。PTAが五月蠅いしな

駿河音耶

簡単に言ってくれるな、事件解決ってのは中々難しいもんだぞ

 そう言った音耶がちらりと恵司に目配せすると、恵司は音耶と目が合ったにも関わらず再び目線を窓の外にやった。その様子に不快感を露わにしそうな音耶だったが、先程喧嘩して時間を浪費してしまった事が悔やまれるために、それ以上何かを言う事はなかった。

鬱田志乃

ここが鈴木のいた場所だ。もう片付けられていつも通りみたいになってるけどな

 鬱田が恵司達を案内した先は美術室であった。まだ多少鉄の匂いがするのは、それだけここの惨状が酷かったという事だろう。
 音耶が持っていた資料から数枚の写真を恵司に差し出す。それを見た恵司は顔を歪める。飛び散った赤黒い液体に、教室の中心に据えられた肉塊。ミンチ状、というよりかは皮膚が剥がされ、四肢を適当に砕かれた物体が一か所に纏められているといったような感じだ。無論、彼自身はなんてことは無いのだが、それを麻衣が見てしまったという事からだろう。

駿河恵司

さながら赤い部屋、ってわけか

鬱田志乃

ああ、懐かしいもん憶えてるな。……まぁ、確かにその通りだ。何から何まで赤くなって……備品もほとんどが買い替えだが、それ以前にそんなことがあったと知ってる以上この部屋に入るのも気持ちが悪いな

 げほっ、と少しえづいた鬱田は心なしか涙目だ。比較的耐性の強い恵司や音耶は事件写真と並行しながらこの部屋を見ても別に体調を悪くすることは無いが、鬱田はグロテスクなものが得意とは言えなかった上に実際の現場を見てしまった以上、こみ上げるものがあるのだろう。

駿河恵司

大丈夫か、鬱田。吐くなら外でやれ

鬱田志乃

心配してるのか迷惑がってんのかどっちだ……。平気だ、こんくら、いっ

 大きく咳込みしゃがみ込む鬱田。音耶はそっと彼の背を擦った。
 今でこそ面影はないが、元々苛められっ子で精神的にも肉体的にも強くは無かった鬱田だ。駿河達と出会って多少改善したとはいえ、根本が変わるわけではない。大人になっても虚弱体質は治っていないのだろう、と音耶は鬱田の気持ちを汲んだ。しかし、自分は興味ないとばかりに恵司は教室中を見て回っている。

駿河音耶

そんなになるなら他の奴に任せればよかったろうに。現場に来たのはお前だけじゃないだろう?

鬱田志乃

とは言っても、やっぱ、げほっ……俺相手の方がやりやすいだろ? ……だったら多少無理だってするさ

 もう大丈夫だ、と立ち上がった鬱田は音耶に礼を言うと調査に夢中な恵司の名を呼び、恵司が自分の方を振り向くと同時に少し震えたままの指先で窓を指した。

鬱田志乃

捜査用の写真にも写ってただろうが、窓に変なメッセージが書かれていたのは知ってるな?

駿河恵司

ああ。『ごめんなさい』って血文字か。……単純に考えれば、犯人の自白か被害者のSOSだな

鬱田志乃

写真だと分かり辛かったと思うが、内側に書かれてたよ。それに、他の血と比べればより黒ずんでいたな

駿河恵司

血が教室中にぶちまけられるより前に書かれたって事か……

 何かを考える恵司に、音耶は血液検査の結果を出し忘れていたと恵司に渡す。

駿河恵司

……窓の血文字の血液は被害者の血と一致、ねぇ。だとすりゃ、部屋を赤く染める前に文字が書かれたって事だが……

 うーむ、と唸った恵司の横で、既に頭に入れていた資料を思い返しながら音耶は鬱田に言った。

駿河音耶

もう少し、調べる必要がありそうだな。鬱田、被害者の事は知っているか?

鬱田志乃

勿論だ。目立つ子だったからな、悪い意味で

駿河音耶

悪い意味?

鬱田志乃

苛めっ子って奴だったのさ。だが、俺らだって何もしなかったわけじゃない。おかげで彼女も最近少しずつまともになってきたんだが……その矢先だ

駿河音耶

成程な……

 苛めっ子だったなら怨恨の線も濃いものだろうが、どうして改心しつつある彼女をここまで手の込んだ方法で殺害したというのだろう。改めてしっかりと交友関係を探るべきだな、と一人頷いた音耶はまだ考え込む恵司の腕を引きつつ、鬱田に被害者の担任の元へ向かうように言うのだった。

第二話 ③ あなたは/好きですか?

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