01. 紫苑町沖迎撃作戦 壱

 紫苑町沖は今日も強い風が吹いていた。

 其れを以てしても、艦橋の張り詰めた空気を入れ替えることが出来るだろうか。

オダ

其れもそうだ

 せきえい型駆逐艦、一番艦“せきえい”。オダは其の最高責任者である。

DDG-173 “せきえい”

 然し、今回の航海――今回の作戦は、

オダ

俺よりも上の御偉いさんと相席だからな

キリムラ

……

 オダの隣で悠然とハードカバーのページを捲る初老の男性、捜索艦隊の司令官――キリムラである。

オダ

あの本は……

オダ

二人の妹と暮らす男子高校生が、恋人や親友との間で葛藤するストーリー

オダ

などと聞くと流行の若者向けに思えるが、
此れが、中々どうして、

オダ

読み応えもあって面白いのだ

 聞けば、作者は地道に活動を続けて来た実力派。
 其れも成程と唸る出来で、今や兵たちの間で大きな話題になっている。

オダ

まあ、其れは其れとして


 そして、

オダ

そうは言っても

オダ

艦隊司令の座乗にも限るまいな

 誰にも見せずに、オダが嘆息する。

オダ

巨大な影の発見と、
其れに伴う(とされる)ヘリ、
及び搭乗員の喪失……

オダ

映画なら間違い無く、俺たちは捨て駒だ

 艦砲を乱射するも虚しき哉、熱戦で沈められる最期。
 怪獣の力強さと、画面の華やかなるを演出する為だけの存在。

オダ

あのテの映像を見る度に胃が痛くなる

 艦の動くは人が要る。
 艦が沈めば人が死ぬ。

オダ

全く因果な商売だ

 御陰で息子と怪獣映画の一つも楽しめない。

オダ

やれやれ

 二度目の嘆息は隠し損ねてしまった。
 いつの間にやら本を閉じた、キリムラの一瞥が側頭部に刺さる。

オダ

栞の位置からして、第二話が終わった辺りか

 視線を無視して上官の進捗を推し量ったオダに、

キリムラ

どんな最終話が待っているかな?

 涼しい顔でキリムラが問う。

オダ

……是非とも迎えたいものです

 絞り出すようなオダの答えに、

キリムラ

……

 キリムラは何も言わなかった。

ヨシダ

司令、モルフォ06より入電です

 女性通信士の澄んだ声が艦橋に響く。

キリムラ

読め

ヨシダ

ヨシダ

所属不明航行物は依然海中を進行。
上陸方向に変更無し

キリムラ

ふむ

ヨシダ

三度目の警告も完全に無視されたようです

オダ

そうか……

キリムラ

例え学者先生の言う通り――
携帯獣だったとしても、だ

 携帯獣は一般に“ぽけっともんすたあ”、又は単に“ぽけもん”と通称される存在である。

 人に使役され、人語を解し、携帯獣同士での戦闘を好む――と言う共通した特徴を有する。

 然し、

キリムラ

使役関係に無い人間の言葉には反応するまい

 そも、携帯獣は謎の多い生物単位である。

 他の無脊椎動物や哺乳動物、中には人が想像する霊体や架空の生物に類する姿をしており、生物学上の共通点は極めて少ない。

 そうであるにも関わらず、先に挙げた共通点を持つ。

キリムラ

何にせよ、我が国の領海を脅かしているに変わりない


 軍帽を深く被り直す。

キリムラ

……国防本部、及び各艦へ通達

キリムラ

現刻を以て、所属不明航行物を

駆 除 対 象 《ターゲット》 

と判断

 駆除対象。
 其の言葉が艦隊を包む。

キリムラ

当艦隊は此れより駆除行動へと移行する

 確かに我が軍の行動要件には

「有害鳥獣、及び携帯獣の駆除」

なる規定がある。

 元々は有害鳥獣向けだったものが、四半世紀前の

「一級調教士亡命事件」

や、近年の

「不審携帯獣事件」

により改定されたものだ。

 世論が大きく動き、携帯獣に対する実力の行使が可能になった。

ヨシダ

通達、完了しまし、たッ

 彼女の声が上擦るのも無理は無い。
 実力行使が可能になったとは言え、其れが実行されたことは無い。

 しかも其の相手が全長70メートルのカイジュウとなれば、もう此れは特撮映画の世界の話だ。
 其れに抗う艦の運命を知っているのは、何もオダだけでは無い。

キリムラ

モルフォ06、威嚇雷撃用意

 モルフォ06が威嚇雷撃に用いるのは、無誘導の対潜爆弾である。
 本来、此のタイプのヘリは運用を想定されていないものだ。

ヨシダ

モルフォ06、威嚇雷撃用意――!

 其れでも、誘導兵器を威嚇に使うのは予算の無駄であると、財布持ちに言われては従う外無い。
 機体下部へ強引に吊り下げられた爆弾を、投下点上空へと正確に運ぶ。

ヨシダ

モルフォ06、威嚇雷撃の用意良し!

キリムラ

了解、モルフォ06は、

キリムラ

威嚇雷撃を実行せよ

 斯くして爆弾は投下されることとなり、

ヨシダ

モルフォ06! 威嚇雷撃、始め! 始め!

 其の役目を忠実に果たした。


 モルフォ06の威嚇雷撃は正確であった。
 リアルタイムに受信する映像の中で、オダもキリムラも確認した。

 然し、其れと効果とは別の問題である。

ヨシダ

モルフォ06より報告!
進路、速度、ともに変化無し……!

オダ

……当てさせますか

キリムラ

いや……引き上げさせよう

キリムラ

モルフォ06は帰投、

キリムラ

“くちば”はモルフォ02を発艦、着弾と効果を観測せよ

ヨシダ

モルフォ06、帰投せよ

ヨシダ

“くちば”、“くちば”、
此方“せきえい”

ヨシダ

モルフォ02は直ちに発艦、
着弾と効果の測定を願います

キリムラ

おい……

 呟くキリムラの目は、モルフォ06からの映像に釘付けになっている。

オダ

は……?

 間抜けな声を出すオダも、其れに気付いてディスプレイに向き直る。

オダ

――まさか

ナカノ

たっ、対象、急速浮上!

 緊急回線である。
 モルフォ06パイロットの声がオダの声を遮り、艦橋を満たす。

キリムラ

モルフォ06、直ちに離れろ!

 キリムラも司令席の直通回線を開いて応じる。

ナカノ

りょっ、了解しまし――

 パイロットの言葉は、海面に現れた塊が掻き消した。
 右手に握る通信機からは、ただ雑音のみが零れ落ちる。

オダ

モルフォ06……!

キリムラ

……っ!

 オダは、キリムラの奥歯が軋む音を聞いた気がした。

 そも、何ゆえ無謀な接近を行わねばならなかったか。
 答えは単純にして明快であった。

 我らが最高指揮官――総理大臣の命令による。
 つまり其れは議会の命令であり、国民の命令である。

あらゆる威嚇の攻撃は、三度の警告を、
対象に無視された場合にのみ
行うことができる

 有害携帯獣の駆除に際する規定の抜粋である。
 軍事アレルギーの我が国が、国内外の批判をかわすべく作り上げたポジティブ・リスト。

あらゆる威嚇の攻撃は、攻撃手が、
目視で対象を確認できる位置から
行うことができる

 成程、何せ携帯獣は人が使役している可能性がある。
 使役された此れに、無条件の攻撃を加えれば国際問題は必至である。

 本来であれば、領海を脅かすものを排除するのは、国家の所有する極々一般的な権利のはずだ。

これら全てが無視された場合にのみ、
対象駆除に係る最低限度の攻撃を
加えることができる

 ――が、其処は其れ、国際問題と安全保障は、我が国が最も苦手とする分野である。

最低限度の攻撃は、
彼我の直線距離5,000メートルより
加えることができる

 半世紀以上も前の大戦ですら、20,000から30,000メートルで撃ち合っていたと言う。
 誘導兵器の登場により交戦距離が飛躍的に延びた現代、5,000メートルなど目と鼻の先のことだ。

 政治家の先生方も、ぎりぎりの線で作り上げてくれたに違いない。

 然し。敢えて言おう。

キリムラ

全く、足りていない

キリムラ

そして、其の不足は――

 現場将兵の血で以て贖われる外に無いのだ。

「悪魔……!」

 呪詛を込めて誰かが呟く。

キリムラ

……悪魔か

キリムラ

誰が悪魔だ?

キリムラ

駆除対象か?

キリムラ

政治家先生か?

キリムラ

艦長? 其れとも――

 ふ、と笑って、

キリムラ

――私か

 敢えて口にしてみる。

 何れにせよ考えても詮無いことだ。
 なのでキリムラは意味の有ることを口にする。

キリムラ

モルフォ02の発艦、どうなっているか

 艦橋にキリムラの声が響き、

ヨシダ

は……はいっ!

 クルーが我を取り戻す。

キリムラ

そうだ、其れで良い

キリムラ

まだ何も終わっていない

キリムラ

――始まってすらいない

ヨシダ

モルフォ02、発艦しました!

キリムラ

“ときわ”に打電!
モルフォ05、救難装備、発艦用意

 キリムラの指示が早いか、黒転していた映像機に再び青が映る。
 急行する機体に、追い付け追い越せとカメラが首を擡げる。

 徐々に海が小さくなり、徐々に空が大きくなる。

 其の中に聳える、異様な影。

ヨシダ

ひぃっ……!

オダ

な……に……?

キリムラ

此れ、は……!

 其れは、余りにも現実離れした存在であった。

 巨大と言うには表し切れない、山吹色の体躯。

 其れから伸びる強靱な四肢と、尾。

 比して小さく見える剛翼が、轟、ごう、と大気を押す。

 動かない瞳孔と、歯牙を零す顎は、人類にとって原始の恐怖を覚醒させる。

 全高は100メートルを優に超えていたが、其の存在感は更に大きなものであった。

 場違いに揺れる頭部の触角に気を取られていると、波が艦隊まで辿り着いて我に還った。

アンドウ

かいりゅう、なのか……?


 艦橋の一人が呻く。

 “かいりゅう”とは携帯獣の一種であるが、生息数は極めて少ない。

 幼体である“みにりゅう”が、長期の飼育下に、“かいりゅう”と呼ばれる成体に「進化」した報告例が幾つか存在するのみである。

オダ

其れにしたって大き過ぎる……!

 そうだった。

 “かいりゅう”の全長は精々2メートル強で、今回の“駆除対象”には遠く及ばない。

 然し、野生の“かいりゅう”が発見された例の無い以上、何もかもが未知であった。

アカオ

緊急電で失礼します!
海面に06のパイロット2名を発見!
救助します!!

 モルフォ02からの緊急回線。ざわつく艦橋。
 だが、

キリムラ

其の必要は無い。
05が救難装備で発艦を用意している。
座標を送信し、任務に戻れ

アカオ

――了解、しました

 モルフォ02からの返答。静まる艦橋。
 其の空気を、

オダ

……宜しいのですか

 オダが代弁する。

キリムラ

不服かね?

 少し声を張って――艦橋全体に届くように――キリムラが応える。

オダ

……ッ!

キリムラ

モルフォ05が救難装備で間も無く発艦する

キリムラ

02は艦隊の目だ。
其れを放棄すれば艦隊が危険に陥る

 其れは理解している。
 然し、此処に居るのは海の男と海の女だ。

 艦を、艦隊を、危機に晒そうとも仲間を助けねばならない。

キリムラ

責任は私が持つよ

オダ

責任など……

キリムラ

艦隊各員の生命は私が預かっている

キリムラ

――艦が動くは人が要る

オダ

キリムラ

艦が沈めば――

オダ

人が死ぬ――

キリムラ

そうだ

オダ

……

オダ

……失礼しました

キリムラ

構わん。
クルーの意見を代弁するのも艦長の務めだ

 キリムラの言が終わるを待っていたように、

ヨシダ

モルフォ05、発艦の用意良し!

 モルフォ05の発艦準備が整う。

キリムラ

直ちに発艦させ!

ヨシダ

モルフォ05、発艦始め! 始め!

キリムラ

……各艦、及び、各機へ繋げ

ヨシダ

は、ただいま

ヨシダ

――どうぞ!

キリムラ

駆除対象による06への攻撃を以て、
駆除行動開始を繰り上げる

オダ

「軍は、駆除対象が、我が国民の安全、権利、及び財産を加害する、若しくは加害するの明白を以て、駆除対象を駆除するに必要な最低限の攻撃を加えることができる」

キリムラ

モルフォ05による06パイロット救援が完了次第、攻撃を開始する

キリムラ

なお、
駆除対象が救援活動を阻害せんとする場合、
艦隊は全力で此れを擁護する

キリムラ

此れは演習に非ず。
――各艦、火器に火を入れろ

キリムラ

以上だ

キリムラ

各員が義務を果たすことを期待している

 風は変わらず強く吹いていた。

 空は青く朗らかで、浪の高い海だった。

Pocket Monster - DRAGON QUEST

01. 紫苑町沖迎撃作戦 壱
―了―

01. 紫苑町沖迎撃作戦 壱

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