00. 紫苑町沖海上

 其の日、ナガサワは無線の当直士官であった。
 本艦――ヘリコプター搭載駆逐艦“たまむし”――所属の哨戒ヘリから「異常無し」の報告を聞くのが、彼の表向きの仕事である。

DDH-143 “たまむし”

ナガサワ

もう一つの仕事は、

ナガサワ

今夜中に
此の文庫本を読破してしまうことだ

 長い航海に娯楽は少ない。
 インターネット回線の繋がらない洋上で、アナログの紙媒体は貴重な楽しみの一つだった。
 つまり、

ナガサワ

此の文庫本は、
明日の此処に座る者に
手渡されなければならない

 無機質な常夜灯の中で、第二話まで読み終える。
 或る少年に「殺されたがる」女子高生の話。作者は全くの無名だが、今や艦内で大人気の一冊となっていた。

 其の余韻を、

 無線入電のアラートが掻き消した。

ナガサワ

いつ聞いても心臓に悪い

 此れだけは慣れない。そう思いながら左手の腕時計に目を落とす。
 定時連絡には、まだ暫く時間がある。

ナガサワ

どう言うことだ……?

 定時連絡で無ければ非常連絡と言うことで、つまり其れは厄介事に他ならない。

イトウ

ビュープレスタッド、ビュープレスタッド、
此方モルフォ01、応答願う――どうぞ

 ナガサワは、此のヘリパイロットが好きでは無かった。
 しかし、仕事は仕事である。

ナガサワ

此方ビュープレスタッド、
モルフォ01、何かあったか――どうぞ

イトウ

何かあったから連絡してるんだっつーの

ナガサワ

……

イトウ

ソノブイ02に反応だ、
潜水艦では無い――どうぞ

ナガサワ

ソノブイ02だと……?

ナガサワ

此方の計器では確認できない、
其方で目視確認願う――どうぞ

イトウ

了解、了解

キムラ

どうせ鯨か何かだろう

 パッセンジャーの声も聞こえる。
 パイロット同様に軽薄で、此奴も此奴で気に入らない。

イトウ

分からんぞ?
若しかするとカイジュウかも知れん

キムラ

はっはっは!
そりゃあ良いや!!

イトウ

怪獣映画ってのは、
大体こうやって始まるからな!!

キムラ

HAHAHAHAHAHA!!

ナガサワ

……チッ

ナガサワ

……モルフォ01、
私語は謹んでくれないか?
私が叱られる――どうぞ

イトウ

ん? ああ! 切り忘れていたか!!
済まないな、ビュープレスタッド

キムラ

そうは言っても現場海域に到着だ、
ステイ・チューンで頼むぜ、ベイビー

ナガサワ

切り忘れも問題だが、
今の俺は私語を問題にしているんだ

ナガサワ

それにしても、雑音が酷いな……

イトウ

該当海域上空に到着した――どうぞ

ナガサワ

了解した、何か見えるか?
――どうぞ

イトウ

何も見えないが――

キムラ

おい! アレを見ろ!!

ナガサワ

……何だ、どうした

キムラ

50……いや、70……!?

イトウ

ビュープレスタッド、聞こえているか?
――どうぞ

ナガサワ

ああ、聞こえている。
何を見付けたのか報告せよ――どうぞ

イトウ

海中に推定全長70メートルの影を目視、
もう少し上空より調査する――どうぞ

ナガサワ

……了解した。
充分に警戒の上、調査に当たれ――どうぞ

ナガサワ

鯨にしては大き過ぎる。
最大の生物たるシロナガスクジラでさえ、
35メートルの記録が精々の筈だ

ナガサワ

まさか――

イトウ

かっ!?

キムラ

かいじゅ――?!

ナガサワ

おい! モルフォ01!?

ナガサワ

応答しろ! 何があった!?
モルフォ01! 応答しろ!!

 ナガサワの呼び掛けに、雑音だけが応答した。
 此れを最後に、モルフォ01との交信が回復することは無かった。

 未明まで行われた必死の捜索にも関わらず、モルフォ01のパイロットはおろか、機体の大部分が発見されなかった。

 日が明けるが早いか、軍は直近の艦艇にて捜索艦隊を編制。此れを当該海域に派遣した。

 最新鋭のバリヤードシステム搭載駆逐艦“せきえい”を旗艦に、汎用駆逐艦“ときわ”、“くちば”、“せきちく”の4隻から成る堂々たる陣容である。

 マスコミの一部からは、戦争にでも行くのかと皮肉の声が聞こえた。

 そして、其れは正しかった。

ポケットモンスター
~DRAGON QUEST~

00. 紫苑町沖海上
―了―

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