ユメイ

おばあちゃーん
遊びに来たよー

 この子の名前はユメイ。ノガナ村に住む女の子。
 今日は、ノガナ村の郊外に住んでいるおばあちゃんのところに遊びに来ています。

おばあちゃん

あらあらユメイちゃん
いらっしゃい

ユメイ

えへへー

 ユメイはおばあちゃんが大好き。
 ですが、おばあちゃん嫌われもの。村の人は怖がっておばあちゃんの家には近づこうとしません。

ユメイ

あのねー、おじさんおばさんたちがまたおばあちゃんの悪口言ってたの
おばあちゃんはこんなに優しいのに、なんでなのかな

ユメイ

私悲しいよ

 ユメイはおばあちゃんに抱きつきました。おばあちゃんはそっとユメイの体を包んでくれます。

おばあちゃん

ほほほ、おばあちゃんは悪い魔女での
村人を食ってしまうんじゃ

 ユメイがおばあちゃんの悪口で悲しくなったときに、おばあちゃんが決まって言う言葉がこれでした。
 いわく、おばあちゃんは悪い魔女で、村人の生き血を啜り、もう数百年も生きているとか。

ユメイ

またそれー?
もー聞き飽きたよー

おばあちゃん

またと言われても事実じゃからの
ユメイもあまりここに来ていると、血を飲み干してミイラにしてしまうぞい

ユメイ

きゃーこわーい

 ユメイは優しいおばあちゃんと毎日のように遊び、楽しい日々を過ごします。
 村人からどんな嫌がらせを受けようと、ユメイはおばあちゃんといられればそれだけで幸せなのでした。

 しかし、そんな幸せも長くは続きません。

ユメイ

ふふふ、おばあちゃん喜んでくれるかなあ

 その日、ユメイは家で編み物をしていました。両親は一年ほど前に亡くなり、それ以来、一人で暮らしています。両親が死んでから、ユメイはおばあちゃんのところに入り浸るようになりました。それ以前からも、おばあちゃんの家に遊びに行くことはありましたが、十日に一度ほどでした。
 ユメイが編んでいるのはおばあちゃんにプレゼントするセーター。これから寒くなっていく季節、防寒対策は欠かせません。
 しかし、ユメイはお世辞にも裕福とは言えないものでした。このセーターもおばあちゃんにあげるのではなく、本来は自分で着るべきものです。
 ユメイの家にはセーターを何着も作るだけの毛糸はないのだから。

 そんなときでした。

兵士

ユメイさん、いらっしゃいますか

 ドンドン、と家の戸が叩かれます。
 この声は村に在住する兵士さんの声です。

ユメイ

はーい、いますよー
なんの御用でしょうか?

 ユメイは家の戸を開けました。
 兵士さんは何日かに一度、村の家を一件一件見回るのです。ユメイは今日がその日なのだと思いました。
 しかしそれは間違いでした。

兵士

ユメイ、貴様には魔女の容疑がかかっている。
身柄を拘束させてもらおう。

ユメイ

え? 私魔女なんかじゃないよ!
魔女なんて存在するわけないじゃない

兵士

私が王都にいた頃は、そのような言い訳は耳が腐るほど聞いたわ!
魔女は皆そう言うのだ!
たった今、貴様への魔女容疑が強まったぞ!

ユメイ

ひぃっ

 兵士はユメイを威嚇するように、声を張り上げました。ユメイは聞きなれない兵士の大声で身がすくんでしまい、立っていることも出来なくなり、座り込んでしまいました。

 それを見た兵士はユメイ持ち上げ、肩に担ぐと、村の詰所ではなく、村の近くにある砦へと向かいました。魔女が逃げ出さぬよう、しっかりと牢に閉じ込めるつもりなのです。

 そんな担がれたユメイは、恐怖を押し殺しつつ、兵士に尋ねます。

ユメイ

あ、あの、私はどうなってしまうのでしょうか……
何故魔女容疑をかけられたのでしょうか……

兵士

魔女は火あぶりの刑だ。死ななければ魔女、死ねば人間。容疑を晴らす最後の場だ。

ユメイ

それってつまりは殺されちゃうってことじゃないですか……
ううぅ……やだよぉ

ユメイはこれから自分が辿る運命を考え、泣き出してしまいました。兵士はそれを気にも留めず、続けます。

兵士

それと魔女容疑がかけられた理由だが、お前がノガナ村の郊外に住む魔女と幾度となく連絡を取り合っていたからだ。
村人の制止も聞かなかったと聞いている。

ユメイ

な、なんで今になって……
おばあちゃんも魔女なんですか?
おばあちゃんも殺されちゃうんですか……

兵士

そうだ、あの魔女も火あぶりの刑に処す予定だが、村の者たちが、「あの魔女はとんでもなく強い」と口を揃えて言う。
今は討伐隊の準備を進めているところだ。村の者には近いうちに退避してもらう。

ユメイ

ううぅ……おばあちゃん……

 ユメイはそれから泣き続けました。そして、砦に着く頃には泣きつかれて眠ってしまっていました。色々とありすぎて疲れてしまったのです。

 砦に着いた兵士は、ユメイを抱えたまま牢屋へと向かい、ユメイを大雑把に投げ込みました。

ユメイ

うぐっ

 投げられたユメイは、石造りの床に叩きつけられた衝撃で目を覚まします。兵士はそれに見向きもせず、厳重に鍵をかけ、立ち去りました。

ユメイ

ここは……牢屋
私殺されちゃうの? やだよぉ……

 しかしユメイの目から涙は出ません。先ほどの大泣きで出し尽くしてしまったのです。ユメイは喉の渇きを覚えました。

ユメイ

水、食べ物は

 辺りを見回し、バケツを発見します。しかし、中を覗き込んでみるとバケツは空っぽ。それどころか酷い臭いがします。ユメイはこれが何なのか察しました。
 このバケツはトイレなのです。寝具すらないこの空間に置かれた唯一のバケツ。囚人に床を汚されたくないのでしょう。囚人も自分が寝る場所を汚すわけにもいかないので、ここでするわけです。

ユメイ

うう、おトイレ行きたい……
本当にここでしなきゃ駄目なの?
誰もいないよね?

 誰も見てないのを確認し、バケツに用を足しました。拭くものがなかったので、下着拭きました。幸いユメイはズボンをはいていたので、下着がなくても辛うじて平気です。
 牢屋の中には何もないので、ユメイは寝ることにしました。

ユメイ

こんな固くて寒いところで寝られないよ

 横になったユメイでしたが、床は石で隙間風も入ってくる最悪な環境では眠れません。何度か場所を変え、角で丸くなることでなんとか眠ることが出来ました。

 朝になり、起きたユメイは食料を発見します。それは鉄格子の前に置かれていました。

ユメイ

うぅっ、これだけ……

 置かれていたのは小さな硬いパンがひとつとにごった水が少量、それだけでした。

 ユメイはパンを口に入れますが、口の中にわずかに残っていた水分を奪い取っていきます。ですが、それでもにごった水には手をつけません。異臭がするのです。それは明らかに腐った水でした。

 ユメイは水分を全て奪われながらも、なんとかパンを食べ切ることに成功しました。
 無理をして食べた理由は、ここからどうにかして逃げ出す方法を考えるためです。お腹に何も入っていないと思考能力が鈍ります。

 そしてユメイは考えましたが、壁は石造りで固く、壊せそうにありません。鉄格子は手が出せるくらいの間隔で、とてもじゃないけど身体を通すことは出来そうにありません。
 結局、自分が魔女でない以上脱出できない、と結論付けることしかできませんでした。

ユメイ

やだぁ
こんなのやだよぉ……
死にたくない……

 ユメイは心で泣きました。涙を流すだけの水分が残っていないので、仕方ありません。
 そうして泣いていると、目の前におばあちゃんの姿が浮かんできました。

おばあちゃん

ユメイ、ユメイや

ユメイ

おばあちゃん……

おばあちゃん

ユメイ、わしのせいで申し訳ない……
わしがもっと早くに……

 ユメイは限界状態で幻覚を見ているんだと思いました。ユメイは魔女を信じていません。大好きなおばあちゃんだって、何度ねだっても魔法を見せてくれたことはありませんでした。
 魔女がいないのなら、おばあちゃんが目の前にいるはずがないのですから。

おばあちゃん

ユメイ、わしは今から魔法を使う
何度ねだられても見せなかった魔法を使う

 幻覚のおばあちゃんは、なんと魔法を使ってくれるそうです。
 信じていない、されど存在するなら一度でいいから見てみたかった魔法。それを使って一体なにをするのでしょうか。

おばあちゃん

ユメイ、幸せにの

 おばあちゃんはよくわからない呪文を唱えだしました。よくわからない、しかし、ユメイはどこかで聞いたことがある気がしました。

 そして、ユメイの周囲に光が集まり、次第に光は強まってきます。さすがのユメイも、これが幻覚などではないことに気付きました。

おばあちゃん

これは、空を飛ぶ魔法
空と言っても、天に存在するものではない
魔女狩りなどというものがない時代で幸せに暮らしておくれ
そして時が来たら……

 ユメイには、おばあちゃんが何を言っているのかよくわかりませんでした。よくわからなかったけど、これもどこかで聞いたことがある、そんな気がしました。
 そしてユメイは光に包まれました。

 光が消えると、そこはどこか見たことのある、しかし記憶とは少し違う村でした。

ユメイ

ここは……?

ユメイ

おばあちゃん、本物の魔女だったんだ……
死んじゃうのかな……

 ユメイはおばあちゃんが本物の魔女だったことに驚きました。そして、兵士の討伐するという言葉を思い出し、悲しくなりました。

ユメイ

それにしてもここはいったい
あっ

 ユメイのすぐ横を村人が通ります。村人は怪訝な顔をしつつも、特に話しかける理由もないので無視して通り過ぎようとします。

ユメイ

あっあの

 しかしユメイには理由があります。ここがどこなのか聞かなくてはなりません。

村人

なんだ?

ユメイ

ここは一体どこなんでしょうか?

村人

はあ? ここはノガナの村だが?
なんだ、迷い人か。村長の家に案内しようか

ユメイ

お、お願いします

 ノガナの村。ユメイはその名前を知っています。ついさっきまで自分が過ごしてきた村なのですから。
 しかし、この村はユメイの記憶とはどこか違います。家の場所も、行き交う人々も、見覚えがありません。

 そうこう考えているうちに、村長の家の前に着きました。

ユメイ

ありがとうございます

村人

いや、まあ当然のことだ
これからどうするのかは村長と話してくれよ

 そう言って村人は村長宅の戸を叩きます。

村人

おーいじいさん!

村人

用事だ! 入るぞ!

 村人はそのまま戸を開け、中へと乗り込みました。村長は立ち上がり、こちらへと向かってきている最中でした。

村長

お主はほんにせっかちじゃのう
少しは待つということを知らんのか
それで用事というのはなんじゃ?

ユメイ

あ、あの

村人

どうやら迷い人らしい
じゃ、任せたぞ

 せっかちな若者はそう言って去っていきました。きっと忙しいのでしょう。

村長

迷い人か、最近多いのう
それでどうしたい?

ユメイ

どうしたい、とは

村長

この村の一員となるのか、それとも他の場所へ行くのか、じゃ

ユメイ

ここに住みます!

 即答だった。記憶とは違うがここはノガナの村らしいし、ユメイはここに住む以外の選択肢は最初から考えていなかった。

村長

元気がいいのう
それじゃあ、よろしく頼むぞ
家は……そうじゃな、村の外れに使ってないわしの家がある。そこでいいかの?

ユメイ

村の外れ? そこにはおばあちゃんが

村長

おばあちゃん? わしはおじいちゃんじゃ
ほれおじいちゃんと呼んでみなさい

ユメイ

おじいちゃん……

村長

ほっほっほ、いいのう
それで、お主、名前は?

ユメイ

 ユメイは自分の名前を言おうとしましたが、本能が言ってはいけないと警笛を鳴らしました。何故だかわかりませんが、ユメイはその本能に従うことにします。
 それにもともとこの村はあのノガナ村とは全く違う。ユメイという人物を知っている人などいないのだから。

ユメイ

ユーミル

村長

ほほほ、いい名じゃのう

 こうしてユメイはノガナ村の一員となりました。
 友達もたくさんできました。ユメイは、前とは全く違う楽しい生活を過ごしました。

 しかし、名前だけはずっと偽っていました。偽ったことも、もう忘れかけていました。

それから何十年もの時が流れました。ユメイ、もといユーミルはその間、ずっと楽しく過ごしました。おばあちゃんのことも、自分が魔女容疑をかけられたこともすっかり忘れていました。

 そんなとき、現在の村長から村に新たな子が誕生したと聞かされました。名前はユメイというらしい。
 ユーミルは、どこかで聞いた名前だな、と思いました。何十年もの時が経ち、その間自身の名前をずっと偽ってきたユーミルは、自分の本来の名前を忘れていました。
 ユーミルは、村長が是非にと言うので両親を赤子の顔を見に行くことにした。

 そこで若き日の両親と出会い、ユーミルはようやく自分の名前を思い出しました。そして気付いたのです。自分があの『おばあちゃん』であるのだと。
 それからユーミルは怪しい学術書や魔術書を行商から買いあさり、魔法の研究をしました。自分の使命はあのときの自分を助けることだと思ったからです。

村長

ユーミル殿、怪しい研究はおやめください
村の者が怖がっております
何か専門的な研究がしたいのであれば、王都へ行くべきかと

 村長のそんな言葉も聞かず、ユーミルは研究を続けました。
 そして研究が形となり、実際に使ってみる段階に入ると驚くほどすんなりと使うことができました。魔法を体験したあのときのことを、身体が覚えていたのです。
 そして使える魔法を次々に増やし、研究のため、家に篭りっきりとなりました。そんな怪しいユーミルを村人は魔女と呼ぶようになり、恐れるようになりました。

 そこでユーミルは気付きます。ここで幼き頃の自分と関わらなければ、ユメイは魔女容疑をかけられることもなく、平穏な日々を過ごせるのではないのかと。
 しかし、幼少の自分と関わらず、過去に送らないと現在のユメイは時空の歪みにより消えてしまいます。
 ユーミルは悩みました。自身を犠牲にして、生き長らえるかどうかを。

 あの時おばあちゃんは「時が来たら」と言っていた。時が来たら自分を過去に送れということを言っていたのだろう。

しかしそれは本当に正しいのだろうか。自分は十分に楽しい日々を過ごした。もういいのではないだろうか?

おばあちゃん

ふふふ、魔女は魔女らしく、消えようかねえ
いつまでも人間社会に残っているような存在じゃあない
楽しかったよ、ありがとう。おばあちゃん
ふふふ……

 その日、魔女は村から去った。村人からは恐れられていたし、いなくなって清々することだろう。
 そうしてユーミルは世界から姿を消し、ノガナ村にはユメイが残った。
 ユメイは村人にいじめられることも、魔女疑惑をかけられることもなく、平穏な日々を過ごしたという。

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