正直、僕は混乱のあまり頭がうまく回らなかった。
シュウちゃーん! やっと見つけたわあ。良かった、無事でー。
……お、お、お母さん。ど、どうしてここに?
心配してたのよお。電話中、急に大きな物音がしたじゃない? 通話は切れちゃうし、お母さん、もう心配で心配で…。
そういえば笹々木くん、事故に遭った時にお母さんと電話してたんだった。
……で、でも、なんで、その
正直、僕は混乱のあまり頭がうまく回らなかった。
だってそうじゃないか! 異世界っていったら現実のしがらみから解き放たれた非日常の世界のはずだろ!? なのに、なのに、どうしてお母さんがいるんだよ! めっちゃ日常のシンボルじゃん! ぶち壊しだよ! クソババア!
って叫びたかったけど、とりあえず自重した。
しかし親というのは子供が何を考えているか
口に出さずともだいたいわかってしまうらしい……。
ああ、どうしてお母さんがここにいるのか知りたいわけね? シュウちゃんには特別に教えてア、ゲ、ル。
シュウちゃんとの電話が切れた後、胸騒ぎがしてすぐに駅前に飛んできたの。そしたら交差点にシュウちゃんのスマホが落ちていたのよ。
でもシュウちゃんの姿はどこにもなかった。不思議に思って、ずっとその辺りを探し回ったわ。お腹を痛めて産んだ唯一の息子だもの。絶対に見つけ出すって決めていたのよ。そしたら……
信号無視をした車に轢かれそうになっちゃった。
はあっ!?
え、それってまさか……
お母さん、こう見えても高校の頃は棒高跳びの強化選手だったのよ。でも、やっぱり歳はとりたくはないわねねえ。ジャンプで避けようとしたけれど、流石に無理だったわ。
車は物凄いスピードを出していたから、死を覚悟したわ。でも最後に絶対にシュウちゃんに会ってからにしたい。そう強く強く心に願ったの。
神様! シュウちゃんに会わせて! さもなくばわたしはあなたを許しません、って。
か、神殺し宣言かよ。
溢れんばかりの母性愛……
そ、そしたら、どうなったの? まさか……
そう。一度意識を失ったんだけど、目を覚ましたらなぜかこの世界に来ていたのよ。
あとは女の勘と、母の愛ね。なんとなくこっちにいるんじゃないかと思って歩いてきたら、ドンピシャリ! だったわけよー。
良かったわあ、本当に良かったわあ。神様って本当にいるのね。そして案外いい人なのかもね~。
よくねーよ!!!
迷惑だよ! せっかく西野さんと二人っきりで異世界でサヴァイブできると思ったのに、お母さんがいたら台無しじゃんか!
って叫びたいけど、西野さんの手前、あんまり荒々しい言葉は使いたくなしなあ。
さっ、とりあえず一緒に家に帰る方法を探しましょう。大丈夫。お母さんに任せて。
あ、あのー。帰り方、わかるんですか?
ん? この子は誰だい?
笹々木くんのクラスメイトの西野茜といいます。
あら、べっぴんさんだねえ。いいわよ。まとめて面倒見てあげる。帰り道はこれから探すことになるけど、大丈夫。この笹々木修司の母、里子さんにまっかせなさい!
ちょ、ちょっと待ってよ、お母さん!
ん? どうしたの、シュウちゃん?
僕だってもう16歳なんだ。ちょっとばかし異世界にきたくらいで大騒ぎしないでよ。自分でどうにかするからさ!
あと人前で『シュウちゃん』なんて呼ばないでくれよ!
あら、そうなのかい? でもあたしの経験では、異世界に来るってのはけっこうな大事だと思うんだけどねえ。
大丈夫だよ。僕こう見えてけっこう異世界には詳しいから。その手の本も何冊も読んでるし。だから先に一人で帰っていていいよ!
ぶっちゃけ必死だった。西野さんとの異世界アバンチュールをお母さんに邪魔されたくなかったのだ。
うーん。シュウちゃんがそこまで言うなら仕方がないわね。お母さん、先に一人で帰ることにするわ。
えっ? 一緒に行動しないんですか?
かわいい子には旅をさせよ、って昔から言うじゃない? ええと、西野さんだっけ? 修司のことよろしくね。
それとシュウちゃんもあんまり遅くならないうちに帰るのよ。
お母さんはそう言って僕らから離れていった。
あー、良かった。一時はどうなることかと思ったよ。とにかくこれで西野さんと一緒に異世界をエンジョイできそうだ。
……なんでお母さんと一緒に行動しないわけ?
え? そ、それはその……
……………
マ、マズイ。なんか怪しまれている。一難去ってまた一難だ。どにかしないと!
い、いやあ。この異世界がどれくらい広いかってのはわからないだろ? 固まって行動するよりもバラバラになって探索した方が効率がいいと思ったわけでして……
じゃあ、わたしも別行動を取った方がいい?さっきは一緒に行動していこうって言ってたのに?
そ、それは……
その時、上空から大きな風を切る音が近づいてきた。
巨大なモンスターが地響き
とともに僕らの前に降り立った。
……グリ……フォン?
………………
アニメや漫画では珍しくなかったけど、
モンスターを肉眼で見るのは初めてのことだった。
……ちょ、ちょっと、笹々木くん。これってもしかして、ヤバイんじゃない?
…………そう、かも。
ギロリ、とグリフィンの双眸がこちらを向いた。
瞬間、僕は蛇に睨まれたカエルも同然になった。
……く、食われる? 食われたら、死ぬ? そしたら僕は西野さんと胃袋の中で一緒になる? ひとつに混ざり合う?
……って、何考えてるんだ? に、逃げ、逃げないと……
笹々木君! なにボーッとしてるの!? 走って!
グリフィンの巨大な爪が僕に向かってきていた。
危ない、とはわかっているのに体が動かなかった。
――あ、死ぬ
笹々木くんっ!!!
次回、『お母さんの料理はあたたかかった』