お母さん

シュウちゃーん! やっと見つけたわあ。良かった、無事でー。

笹々木修司

……お、お、お母さん。ど、どうしてここに?

お母さん

心配してたのよお。電話中、急に大きな物音がしたじゃない? 通話は切れちゃうし、お母さん、もう心配で心配で…。

西野茜

そういえば笹々木くん、事故に遭った時にお母さんと電話してたんだった。

笹々木修司

……で、でも、なんで、その


正直、僕は混乱のあまり頭がうまく回らなかった。

笹々木修司

だってそうじゃないか! 異世界っていったら現実のしがらみから解き放たれた非日常の世界のはずだろ!? なのに、なのに、どうしてお母さんがいるんだよ! めっちゃ日常のシンボルじゃん! ぶち壊しだよ! クソババア!

笹々木修司

って叫びたかったけど、とりあえず自重した。


しかし親というのは子供が何を考えているか

口に出さずともだいたいわかってしまうらしい……。

お母さん

ああ、どうしてお母さんがここにいるのか知りたいわけね? シュウちゃんには特別に教えてア、ゲ、ル。

お母さん

シュウちゃんとの電話が切れた後、胸騒ぎがしてすぐに駅前に飛んできたの。そしたら交差点にシュウちゃんのスマホが落ちていたのよ。

お母さん

でもシュウちゃんの姿はどこにもなかった。不思議に思って、ずっとその辺りを探し回ったわ。お腹を痛めて産んだ唯一の息子だもの。絶対に見つけ出すって決めていたのよ。そしたら……

お母さん

信号無視をした車に轢かれそうになっちゃった。

笹々木修司

はあっ!?

西野茜

え、それってまさか……

お母さん

お母さん、こう見えても高校の頃は棒高跳びの強化選手だったのよ。でも、やっぱり歳はとりたくはないわねねえ。ジャンプで避けようとしたけれど、流石に無理だったわ。

お母さん

車は物凄いスピードを出していたから、死を覚悟したわ。でも最後に絶対にシュウちゃんに会ってからにしたい。そう強く強く心に願ったの。

お母さん

神様! シュウちゃんに会わせて! さもなくばわたしはあなたを許しません、って。

笹々木修司

か、神殺し宣言かよ。

西野茜

溢れんばかりの母性愛……

笹々木修司

そ、そしたら、どうなったの? まさか……

お母さん

そう。一度意識を失ったんだけど、目を覚ましたらなぜかこの世界に来ていたのよ。

お母さん

あとは女の勘と、母の愛ね。なんとなくこっちにいるんじゃないかと思って歩いてきたら、ドンピシャリ! だったわけよー。

お母さん

良かったわあ、本当に良かったわあ。神様って本当にいるのね。そして案外いい人なのかもね~。

笹々木修司

よくねーよ!!!

笹々木修司

迷惑だよ! せっかく西野さんと二人っきりで異世界でサヴァイブできると思ったのに、お母さんがいたら台無しじゃんか!

笹々木修司

って叫びたいけど、西野さんの手前、あんまり荒々しい言葉は使いたくなしなあ。

お母さん

さっ、とりあえず一緒に家に帰る方法を探しましょう。大丈夫。お母さんに任せて。

西野茜

あ、あのー。帰り方、わかるんですか? 

お母さん

ん? この子は誰だい?

西野茜

笹々木くんのクラスメイトの西野茜といいます。

お母さん

あら、べっぴんさんだねえ。いいわよ。まとめて面倒見てあげる。帰り道はこれから探すことになるけど、大丈夫。この笹々木修司の母、里子さんにまっかせなさい!

笹々木修司

ちょ、ちょっと待ってよ、お母さん!

お母さん

 ん? どうしたの、シュウちゃん?

笹々木修司

僕だってもう16歳なんだ。ちょっとばかし異世界にきたくらいで大騒ぎしないでよ。自分でどうにかするからさ!

笹々木修司

あと人前で『シュウちゃん』なんて呼ばないでくれよ!

お母さん

あら、そうなのかい? でもあたしの経験では、異世界に来るってのはけっこうな大事だと思うんだけどねえ。

笹々木修司

大丈夫だよ。僕こう見えてけっこう異世界には詳しいから。その手の本も何冊も読んでるし。だから先に一人で帰っていていいよ!

笹々木修司

ぶっちゃけ必死だった。西野さんとの異世界アバンチュールをお母さんに邪魔されたくなかったのだ。

お母さん

うーん。シュウちゃんがそこまで言うなら仕方がないわね。お母さん、先に一人で帰ることにするわ。

西野茜

えっ? 一緒に行動しないんですか?

お母さん

かわいい子には旅をさせよ、って昔から言うじゃない? ええと、西野さんだっけ? 修司のことよろしくね。

お母さん

それとシュウちゃんもあんまり遅くならないうちに帰るのよ。


お母さんはそう言って僕らから離れていった。

笹々木修司

あー、良かった。一時はどうなることかと思ったよ。とにかくこれで西野さんと一緒に異世界をエンジョイできそうだ。

西野茜

……なんでお母さんと一緒に行動しないわけ?

笹々木修司

え? そ、それはその……

西野茜

……………

笹々木修司

マ、マズイ。なんか怪しまれている。一難去ってまた一難だ。どにかしないと!

笹々木修司

い、いやあ。この異世界がどれくらい広いかってのはわからないだろ? 固まって行動するよりもバラバラになって探索した方が効率がいいと思ったわけでして……

西野茜

じゃあ、わたしも別行動を取った方がいい?さっきは一緒に行動していこうって言ってたのに?

笹々木修司

そ、それは……


その時、上空から大きな風を切る音が近づいてきた。


巨大なモンスターが地響き

とともに僕らの前に降り立った。

笹々木修司

……グリ……フォン?

西野茜

 ………………


アニメや漫画では珍しくなかったけど、

モンスターを肉眼で見るのは初めてのことだった。

西野茜

……ちょ、ちょっと、笹々木くん。これってもしかして、ヤバイんじゃない?

笹々木修司

…………そう、かも。


ギロリ、とグリフィンの双眸がこちらを向いた。

瞬間、僕は蛇に睨まれたカエルも同然になった。

笹々木修司

……く、食われる? 食われたら、死ぬ? そしたら僕は西野さんと胃袋の中で一緒になる? ひとつに混ざり合う?

笹々木修司

……って、何考えてるんだ? に、逃げ、逃げないと……

西野茜

笹々木君! なにボーッとしてるの!? 走って!


グリフィンの巨大な爪が僕に向かってきていた。

危ない、とはわかっているのに体が動かなかった。

笹々木修司

――あ、死ぬ

西野茜

 笹々木くんっ!!!

次回、『お母さんの料理はあたたかかった』

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