長い雨の続いたある日に、猫のような不思議な彼女が転がり込んできてそろそろ1年。彼女は自分のことを語ろうとしない。ただ私の後を付いて歩き、たまに私の髪を編み、私が仕事の時は何をするでもなく留守番をしている。
 去年の今頃と同じように、今夜の空も重く、さめざめと泣き続けているかのような雨音が、屋根に落ち続けている。

……ねえ、おきてる?

どうした。眠れないのか?

そうでもないんだけど、ちょっとだけ
おはなししよ?

かまわないよ

ありがと。
あのね……

 そう言って彼女が話し出したのは、実にとりとめのないものだった。

……あのね、
ココにふわふわの針刺しがあるでしょ。
そんで、
ソコにマチ針があるでしょ。いっぱい。
ってことは、上手に持たないと、もしかしたら痛いよね?

 彼女の不安が伝わっては来るのだが、この手の話は、眠い頭にはどうにも難しい。

これは、その、なんの話だ?

うん。もうちょっと聞いて。
そう。どうでもいい話なんだけど。

でね?
コレ、ギュッてしたら、絶対痛いよねぇ。

……そうだな

でしょ?


えーねむたいのー?
でも、もうちょっと聞いて?

 何か、彼女の中ではとても大切にしていることがあるらしい。ということだけは分かったが、私の眠気で曇った頭では、ただ、薄ぼんやりと、彼女の声を聞くことだけしかできなかった。

うん。そうなのさー。

だのにどうして、結構な人が怪我したり、
びっくりしたりするのかなって。
マチ針の頭が取れちゃってたのか、
それともその人にとって、透明になっちゃったのかなあ。
って、思うのさ。

けが、したのか?

や、わたしは怪我したこと無いよー。
びっくりしたことはあるけどね。
だって、わたしにとっては、
マチ針はいつまでもマチ針だし、
それ以前に、針刺しはいつだって針刺しだもんさー。

えーわかんない話してる?

……そんなこと、ないよ

……うん

……そっかー。

そうだよねー。


うん。ごめんなさい。

おやすみなさい。

 何か、とても大事なことを聞いたような気がする。とても大事な、何かのことを。
 微睡みの中に幽かに響く彼女の声と温もりが心地よく、私は夢の中で彼女と語り、夢の物語の中へと落ちていった。



 私たちは物語の中に生きている。



 明日、雨は止んでしまうのだろうか。




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