はじまり

 心地よい旋律が、風とともに、ふと途切れた。女は瑠璃色の目を伏せたまま、曲もまだ半ばだというのに弦を一本、二本と、調律を始める。

……     

……

……どうした

 余りにも心地よく響いていたので、男の体は半分ほど夢の狭間にいたようだ。

 声がうまく出なくて、眉を少しあげた。

 辺りで羽を休めていた小鳥達が半数ほど減ると、女が桜色の唇から葉擦れのような、鈴のような音を零し始めた。

……私は、怖いのです……

 夢を紡ぐのが、詩(うた)を織り上げるのが。
 女が歌えば海は咆哮し、山は身震いをする。
 女が唄えば彼らに不幸が降りかかる。
 女が詠うならば彼らの休まる所はない。
 女はそれが怖いといった。

 紡いでも、織り上げなければ、彼らの平穏は守られるのだろうか。

それは、君が歌わなくても、
きっと誰かがうたう歌だ。

 まだ少し目蓋が重い。
 首の後ろを摩り、膝の上で手を組んで男が言い放つ。

 ああ、と湿った声を漏らし、女は縋る様な目で空を仰いだ。

 どうすれば、どうすれば……。

目を逸らさないことだ。
俺なら、目を逸らさない。

 女の瑠璃色は明るみを帯び、楽器は再び詠いだす。

 これはそんな始まりの歌。始まりのお話。

3、竪琴の瑠璃色

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