ああ、ごめん……初心者なものでさ

 一応、どういう状況だろうと、通じそうなセリフを口走ってみたり。
 俺としては、苦肉の策だ。

 しかし、相手は思いっきり顔をしかめた。切れ者風の美人に見えるが、早速、違和感を抱いたらしい。

初心者? それってどういう意味? まだ来たばかりということ

 こういう時は、自信なさそうにするのは、かえって逆効果である。

 そこで俺は、笑顔で頷いた……全然、わけわかってないけど。何が来たばかりなのやら。

そうなんだよ、それでまだ慣れてなくて

……そう。まあわたしも、二ヶ月前に初めてこっちに来た時には戸惑いもあったわね

 おぉ、納得したように頷いたぞ!
 俺のハッタリも結構、イケるな。

俺、島崎純一(大嘘)。よろしくな

……それはこっちの名前?

 やたら奇妙な表情で言われた。

 おっとお! この質問は……ちょっと意味深な気がするな。

 表情に出さないようにして、俺は大きく頷く。もうヤケクソだ。

まあ、そういうこと

――そう

 意外にも、この返事にも女は納得してくれた……本当に綱渡りみたいな会話だ。

わたしは、リーシャ。この子の名前は名乗りたくないから、気にしないで

了解。いいさ、別に

 いや、本当は全然よくない。

 俺は脳内で冷や汗ものだった。平静な顔を保つのが非常に難しい。

 この子の名前? この子ってどの子だ。まさか、変装してるわけじゃあるまいし……それとも、本当に今見てるのは変装してる姿か? 

 だいたい、リーシャって全然日本人っぽくないしな。

じゃあ、リーシャ。初心者の俺に、いろいろ相談に乗ってくれないか……なんか一人だと要領悪くてさ

 素早く頭を回転させ、俺は彼女を取り込もうとする。

 とにかく、糸口だけでも見つけないと厳しい。このちょっとの会話でも、だいぶヒントらしいものは出てきたけど、これだけじゃな。

 しかし、この質問はどうもまずかったらしい。

 というのも、自称リーシャは、エラく鋭い目つきで俺をじっと見つめたからだ……それこそ、爪先から頭のてっぺんまで。

 しばらく嫌な沈黙が続き、俺がどう挽回しようか悩んでいる間に、リーシャはやっと醒めた声で言った。

悪いけど、わたしもまだ、貴方の言う初心者なのよ。しかも、こっちの食事メインでやってるから。どうしてもというのなら、この近辺に住んでるから、また出会った時に声をかけてみて

……これだけ人が多いと、すれ違いとかありそうだけど?

あなた、本気で言ってる?

 馬鹿にしたように言われた。

なんのためのブレスレットよ?

 それを最後に、リーシャは随分と素早い動きで踵を返し、きびきびと立ち去った。軍人かと思うような、しゃきっとした動きに見える。あるいは、戦士に。

 雑踏の中で上手くすいすい歩いて行くな……ありゃ、尾行してもたちどころに気付かれそうだ。

参ったな、どうも

 当然、取り残された俺は、一人で困惑した。

 今の会話からだと、想像しかできないけど……こりゃちょっと、容易なことじゃなさそうだ。

次元~、この事件、裏ぁ深いぜ?


 アニメ映画のルパンの真似して、ニヒルに呟いてみたり……相変わらず、全くよい考えは浮かばなかったけど。

 俺はため息をついて、その場を後にした。

 だがしかし……そう、だがしかしだ。

 俺は、自分で思う以上に目立っていたらしい。
 普通に見れば、悪い方に。

 というのも、マルイを出て、ぶらぶらと歩道を歩くうちに、自分に尾行がついていることに気付いたんだ。
 道を間違えた振りをしてこそっと確認したところでは、確実に二人は後ろからついてきている。どちらも大学生くらいのひょろっとした男だが、なんというかこう……人間離れした目つきなのが気に入らない。

 というのも、尾行する俺のことを、あたかも『これから殺す相手』みたいな冷め切った目つきで見ているのだな。

 普通の人間だと、なかなかあんな目つきはできないと思う。
 それに……あのリーシャの時と同じだ。

 こいつらが近くにくると、やっぱりブレスレットが震える……もしかしてこれ、仲間を認識する装置だったりしてな。

どんな仲間だか、知らないけどねぇ

 独白した俺は、わざと大通りの方から遠ざかり、細い路地へ路地へと入っていく。この際だから、あえて相手が期待するようなシチュエーションに持ち込もうとしたわけだ。

基本的には平和主義だけど、場合によっては殺し合いも歓迎だよ、俺

 こっそり呟いた俺は、おそらく酷薄な笑みを浮かべているはずだ。

 ヤバいな……このパターンは、あいつが出る兆候だ。

 思いとは裏腹に、俺は結構わくわくしていた……正確には、俺の中のあいつが。

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