ガタガタと揺れる昇降機が俺を操縦席まで運んでいった。
俺は操縦席に乗り込むとシステムを確認する。

すべてOK。
ただし脈拍と血圧が少し高い。

少し興奮している。
いや、興奮だけではない。
俺は葛藤もしていた。

タカムラ

俺にヤマギシが殺せるのか?
俺に同級生を殺すだけの度胸が本当にあるのか?

それが重要だった。
スクリーンを起動する。

すると間髪入れず通信要請が入った。
俺が応答すると吉田の暑苦しい顔がドアップで映る。

吉田

タカムラ!
良く聞け!

タカムラ

なんの用だ?

吉田は真面目な顔で俺に言った。

吉田

おう、タカムラ。
お前に言うことがある。

タカムラ

お、おう……

吉田

覚えておけ。
踏みつけられた名誉は取り戻せる。
だが自ら放棄した誇りは取り戻すことはできない。
たとえどんなに困難でも自分で考えて結果を出せ。

吉田はたまに先生に戻る。
俺はもう17だ。
こいつの生徒じゃないのにお節介な奴だ。

タカムラ

俺はあいつを許す気はない。

吉田

山岸を許せとは言っていない。
あいつはお前を奴隷として売ることに積極的に賛同し、お前が死闘に身を置く状況を笑いながら見ていた。あの野郎はお前に殺されるだけのことをした。

タカムラ

じゃあ問題ないな?

吉田

それがお前が自分で考えて出した答えならな。
タカムラ俺に約束しろ。
己を恥じる選択はするな。
判断を人に任せるな。

わかったな?

ただ殺すのと決断するのとは、なにが違うのだろう?

俺にはわからなかった。
わからなかったが、説教モードになった吉田は面倒くさい。
俺はしばし答えを探したが、俺自身は答えを持っていないことを確認するばかりだった。

だから、

タカムラ

ああ約束する。

心にもない返事をした。
俺は吉田との通信を終了し、駆動系に火を入れた。
ローラーダッシュが火花を散らし、鋼鉄《くろがね》の床を削る。
俺はその瞬間、余計な雑念を振り払った。

闘技場に着くといつもとは違う黄色い歓声が響いた。

アナウンサー

我らがチャンピオン!
黒騎士タカムラが今コロシアムに到着しました!!!

タカムラ

調子いいなこの野郎!
あとで覚えてろ!

闘技場では山岸が悠然と俺を待ちかまえていた。
山岸は俺と同じ標準機。
見た感じでは装甲も駆動系もいじった後はない。
余裕こいてやがる。

タカムラ

金なくてカスタマイズできなかった俺に謝れ!

俺が負け犬の遠吠えをしていると山岸が尊大な態度で話し始めた。

山岸

よう!
タカムラぁ!!!

山岸が大きな声で話しかけてきた。
ボイスチャットとかのプライベートな通信ではない。
わざわざ外部スピーカーで観客にも聞こえるようにだ。

山岸

ここに集まったみんなー!
聞いてくれ!

コイツは奴隷に墜とされたことを恨んでこの俺に復讐しに来たんだぜ! 
笑えるだろ!?
こいつ頭悪いから俺に勝てるって思ってやがる!

嗤いながら山岸はアゼルの指を俺に向けた。
わざと他人に聞かせていやがる。
俺は悪意を感じ取った。
俺を恫喝して俺を萎縮させるつもりだろうか?

観客も露骨な悪意を感じ取ったのか沈黙していた。

山岸

お前は弱いから売られたんだ?
わかるだろー?
なあわかってんのかコラァッ!

そう怒鳴ると山岸は闘技場の壁を蹴った。
俺はその様子に子供のころテレビで見た威嚇行為をする猿を思い出した。

その時、俺は正直言って混乱していた。

タカムラ

このバカは何がしたいのだろうか?
なにを狙っている?

そんなゴミ以下の姑息な手が、二年間も闘技場で生き抜いてきた俺に通じると本当に思っていやがるのか?
それともなにか別の意図があるのではないだろうか?
そう疑ったのだ。

山岸

なあ!?
タカムラぁッ!
俺に土下座しろ!
そうしたら半殺しで許してやる!!!

その台詞を聞いてようやく俺は理解した。

タカムラ

ああそうか。
このバカは俺を屈服させたいのか。

観客と俺に自分を大きく見せたいのだ。
自分より下だと思った人間を嘲り嗤う。
俺はこんなに凄いんだぞという示威行為。

これは知性を感じさせない、ただのマウンティングだ。

山岸たちが中学のときに文化系の気の弱そうなやつにインネンをつける時によくやってた行為だ。

山岸

なあ! タカムラ!

もういい黙れ。
時間の無駄だ。

タカムラ

よくしゃべる豚だ

山岸のせいで静まり返っていた闘技場に俺の声が響いた。
俺は外部スピーカーをオンにしていたのだ。
声は抑えているが山岸にも聞こえているだろう。

山岸

いま……なんつった?

タカムラ

よくしゃべる豚だと言ったんだ。
俺はお前に興味はない。
俺が興味を持つほどの価値はお前にはない。

闘技場の観客の誰かがブッとふき出す音が聞こえた。

山岸

ああ!?
やんのかてめえ!?

タカムラ

とうとうボケたのか?
俺はお前と闘いに来たんだ

俺はバッサリと切り捨てる。
俺は山岸の顔も見えないのにその顔が真っ赤になっているのがよくわかった。

アゼル

てんめええええええええッ!!!

次の瞬間、山岸は持っていた棍棒、俺には釘バットに見えるその物体を、俺の顔めがけて振り下ろした。
キレて自制が効かなくなったのだろう。
俺が思っているよりも山岸が頭が良ければ、不意打ちをしようと思ったのかもしれない。

アゼル

甘いッ!!!

だが俺は闘技場に入る前からすでに臨戦態勢だった。
こんな幼稚な手に引っかかるはずがない。

アゼル

卑怯は俺の専売特許だからな。

俺はペアでダンスを踊るように山岸の懐に優しく侵入した。

棍棒の重さで崩れていた山岸をホールド、両手で腕を掴むと、俺は運動ベクトルを誘導する。
そして体全体でスピンし、完全に体が崩れた山岸を回転運動に巻き込んだ。
山岸はふわりと浮いた。
俺は重さは感じなかった。
山岸の乗ったアゼルは放物線を描き床に激突した

山岸

な?

床から重い音が響いた。
俺は仰向けになった山岸を見て、もっと屈辱的に投げるべきだったかなと思った。

タカムラ

床にキスさせるとか。

それほどまでに俺たちには実力差があった。
構え、運足、体重移動、山岸のそれは全てが低レベルだったのだ。
観客は絶句した。
アナウンサーまでもが言葉を失っていた。
最強であるはずの領主のこの様を見たからだ。

タカムラ

山岸、降参しろ。
お前を殺すメリットは俺にはない。

一瞬遅れて歓声が上がった。

アナウンサー

く、黒騎士!
領主様を圧倒!!!

だが俺は内心呆れていた。
俺の予想に反して、山岸は弱すぎた。
こんなやつらに俺は人生をめちゃくちゃにされたのか。
俺の心の中では、なぜか怒りではなく虚しさだけが広がっていた。

タカムラ

さっさと奥の手を使え。
じゃねえと、うっかり殺しちまうぞ!

俺は怒鳴った。
もう相手に怒りは感じなかった。
それは本当にただの警告だった。
俺だって常に手加減ができるとは限らないのだ。

山岸

あああああああああ!

俺が見下ろしていると山岸が獣のような声を出した。
それは山岸がクラスメイトの小室の頭を金づちで殴った時の声だった。

その瞬間、温度計が異常を知らせる。
やはり来やがった!!!
まずい!
俺は急いで後方に飛ぶ。

その途端、俺のいた場所が炎に包まれた。

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