第三話 神楽坂代理認定

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今、私は現実の世界にいるのだろうか。
それとも、私の願望が具現化した世界にいるのだろうか。

私は死ぬはずだった大護さんを自分の中に繋ぎ止めた。
初めて自分の『能力』に感謝したが、大護さんは不満そうだった。

当たり前だ。自分の肉体は死んでしまったのだから。

だから、私は大護さんが私の肉体に宿っても不便が無いように、最大限努力した。
これからも大護さんのお役にたちたい。これからも大護さんの傍にいたい。
それが大護さんに救っていただいた、私の存在意義。

大護さんに出会うまでの私は、まるで暗闇の中にいるようだった。
本当は皆とお話をしたい。でも、『能力』のせいで私は他人の意志が入り込んで来たり、自分の意志が伝わってしまったりしてしまう。
だから、皆とは距離を取るしかなかった。

でも、大護さんはそんな私を暗闇から救い出してくれた。

自分の意志を伝える大切さを教えてくれただけでなく、私の意志も『能力』も受け入れてくれた。
だから私は大護さんのお役にたちたい。彼のために生きていたい。
彼が私のことを心配してくれるのもわかっている。けれども、私は彼のために生きたいのだ。

彼にとって、私が特別な存在であることが嬉しいのだ。

だから私は恐れている。彼が私から離れて行ってしまうことを恐れている。
彼が私の中から消えてしまうことを恐れている。
そしてその恐怖は、現実のものになりつつある。

彼が意識を失う時間が、増えているのだ。

中倉に『能力』を使ったあの日から、大護さんは一週間もの間、私の呼びかけに応じることが出来なかった。
当然、私が彼と交代することも出来なかったし、その間の記憶も無いようだった。
さらに、中倉に制裁を下したことを伝えると、また意識を失ってしまった。
単なる睡眠時間にしては長すぎると思った。まさか、本来の体では無いためなのか、あるいは二つの人格が同居していることを体が拒否しているのか。
いずれにしてもまずい。このままでは大護さんが消えてしまうかもしれない。
一刻も早く、対策を考える必要があった。

だからこそだ。私が目の前の光景を自分の願望の具現化だと感じたのは。

私の前に、一人の男子生徒がいる。
ただの男子生徒でない。
その顔は、その姿は、まさしく。

男子生徒

ああ? なんだお前?


私が一番求めていた、彼の姿そのものだった。

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これはなんだ?
目の前の光景は現実なのか?

神楽坂 藍里

大護、さん?

男子生徒

はあ?


目の前に僕がいる。
半年前まで、僕が鏡を見た時にこちらを見つめ返していた男の姿がある。
顔だけではない、髪形も、体格も、紛れもない僕そのものだ。
ありえない、僕の体は死んでいたはずだ。
『神楽坂 藍里』として、僕の葬式にも出た。自分の葬式が行われているという事実に泣き出してしまったことも覚えている。

だから『栄町 大護』が生きているはずはないのだ。

なのに目の前にいるのは僕だ。
なんだ? 一体何が起こっている?

男子生徒

お前さあ、人の顔をジロジロ見るのは失礼じゃねえの?


そうこうしているうちに、男子生徒は口を開いた。
声も僕とそっくりだ。しかし、口調はまるで違う。
藍里も彼の姿を見て驚いていたようで、しばらく顔を見つめたまま固まっていた。
だが、彼が発言したのをきっかけに、藍里も口を開く。

神楽坂 藍里

大護さん、ですよね?

男子生徒

何言ってんのお前?

神楽坂 藍里

とぼけないでください大護さん。これはどういうことですか?

男子生徒

待て待て待て。話が見えて来ねえぞ


藍里は目の前の人物を僕だと思っているようだ。
それはそうだろう、あまりにも似すぎている。
だが彼は藍里のことを知らないみたいだし、僕の名前にも全く反応を示していない。

男子生徒

あれ、お前3組の神楽坂か?

神楽坂 藍里

え?

男子生徒

神楽坂だよな? 死んだ恋人を引きずっておかしくなったって有名なやつ

神楽坂 藍里

なっ!?


何を言っているんだこの男は?
初対面の人間になぜそんなことが言える? 例えそう思っていたとしても、もっと言葉は選ぶべきだ。

男子生徒

そういえば、『大護』ってのも死んだ恋人の名前だっけ? なんだよ、俺に恋人を重ねあわしてんのか?

神楽坂 藍里

……何を、言っているんですか?

流矢 香澄

言っとくけど、俺はお前のイタイ演技に付き合うつもりはないから。ちゃんと、『流矢 香澄(ながれや かすみ)』っていう名前が別に存在するし

神楽坂 藍里

うそです、そんな、うそです

流矢 香澄

うそじゃねえよ。お前みたいな、面倒な女と付き合うつもりは無いの。だからさ


そして、流矢と名乗った男子生徒は……

流矢 香澄

早く俺の前から消えろよ


その顔に全く似つかわしくない発言をした。

神楽坂 藍里

あ、あ、あ……

栄町 大護

っ!? 藍里!?


それを聞いた藍里は、崩れ落ちるようにその場にへたり込んだ。

神楽坂 藍里

だ、いご、さん……

栄町 大護

藍里!


藍里はよほどショックだったのか、僕と意識を交代した後……

神楽坂 藍里

……

栄町 大護

藍里? おい、藍里!?


全く問いかけに応じなくなってしまった。

第三話・1 神楽坂代理認定・その1

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