放課後。
結局、あの流矢という男と会話した直後に交代してから、藍里は全くこちらの呼びかけに応じなかった。

栄町 大護

うーん……


クラスメイトたちは僕に、というか藍里に話しかけようとはしない。
当然だろう、入学早々クラスメイトの人が自殺し、その自殺に藍里が関わっているのだから。
僕が意識を失っていた一週間、藍里がクラスでどう過ごしていたかはわからないが、少なくとも僕が望む状況では無いようだ。
ならば、今は何をするべきか。

栄町 大護

夜ヶ峰先輩に会ってみるか


藍里はおそらく意識を失っている。
今なら人格を交代されることも無いし、先輩との接触を妨害されることもない。
決断した僕は、二年七組の教室に行くことにした。

二年生の教室は、別の校舎にあった。
二年七組の教室を見つけて、中をのぞき込む。

栄町 大護

先輩は……いた

夜ヶ峰 昌子

……


夜ヶ峰先輩は帰る支度をするわけでもなく、席に座って本を読んでいた。
何はともあれ、先輩がここにいたのは好都合だ。

栄町 大護

夜ヶ峰先輩

夜ヶ峰 昌子

ん? ああ、新入生か


先輩はこちらの顔をじっと見ると、何かに気づいたように笑みを浮かべる。

夜ヶ峰 昌子

いや、今はどうやら彼氏サンのようだね

栄町 大護

……!


やはり先輩は僕が藍里の体の中にいることに気づいている。
そしてその理由も、だいたい予想がつく。

夜ヶ峰 昌子

さて、今ならここにはあまり人がいないし、君の悩みを話してみなよ

栄町 大護

夜ヶ峰先輩……僕は


意を決して、全てを話すことに決めた。

栄町 大護

僕の名前は、『栄町 大護』。『神楽坂 藍里』の恋人だった者です

夜ヶ峰 昌子

あれ? 今も彼氏なんじゃないの?

栄町 大護

僕はもう死んだはずの人間です。藍里の恋人を名乗ることは出来ない

夜ヶ峰 昌子

なるほどねえ。まあ、君の考えは否定しないよ


否定しないと言いながらも、先輩はどこか不愉快そうに眉をひそめた。

夜ヶ峰 昌子

それで? 君の目的は?

栄町 大護

僕の目的は二つ。藍里を僕への依存から解放することと、僕が藍里の肉体から出ることです

夜ヶ峰 昌子

うん? その子の体から出て、君はどうするのかな?

栄町 大護

どうもしません。そもそも、僕の体は既に死んでいます。僕がこの体から出てしまえば、『栄町 大護』の人格は完全に消滅するはずです

夜ヶ峰 昌子

おいおい、つまり自分で死を選ぶってことかい? あまりそういうのは感心しないね

栄町 大護

僕はあの時死んでいなければならなかったはずの存在です。むしろ今、こうして他人の体にいることの方がおかしいんですよ。そして僕が藍里の中にいる限り、藍里は自分のために生きられない


そうだ、僕がこの体の中に存在する限り、藍里は自分のために生きることが出来ない。
だから僕は、藍里を救うためにこの体から出る。
僕の目的は、間違っていないはずだ。
だが、夜ヶ峰先輩は尚も食い下がった。

夜ヶ峰 昌子

私には、君も新入生もあまり変わらないように思うよ

栄町 大護

……どういう意味ですか?

夜ヶ峰 昌子

君は言ったね? 新入生が自分に依存して、自分のために生きようとしていると

栄町 大護

はい、だから……

夜ヶ峰 昌子

私には、君も新入生に依存して、新入生のために生きているように見えるけどね

栄町 大護

……!

夜ヶ峰 昌子

だってそうだろう? 君は自分が死んでしまうにも関わらず、その体から出ようとしている。それは君が新入生のために生きていることに他ならないだろう?

栄町 大護

繰り返しになりますが、僕は既に死んだ人間のはずなんです。だから、僕の存在は許されない。だけど藍里は違う。彼女はまだ生きている。死んだ人間が生きている人間の邪魔をするわけにはいかないんです

夜ヶ峰 昌子

そうかな? 君という人格はまだ生きているんだろう? だったらそれは生きていると言ってもいいんじゃない?

栄町 大護

そういうわけにはいきません

夜ヶ峰 昌子

どうもね、君がどうしてそこまでその体から出ようとしているのか理解できないんだよ。私からするとね


夜ヶ峰先輩は僕の考えを否定している。
でも、なぜだ? 僕がこの体から出ようとすることがそんなにおかしいことか?

栄町 大護

先輩。そろそろ聞かせてもらえませんか? なぜ、僕たちのことを知っているのかを

夜ヶ峰 昌子

別に知っているわけじゃないさ、彼氏サン。君の名前も今知ったぐらいだ

栄町 大護

なら、なんで……

夜ヶ峰 昌子

はっきり言えば、私は新入生と似た『能力』を持っている

栄町 大護

やっぱり……!


正直、察しはついていた。
藍里の中に別の人格がいることを察せても、それが藍里の彼氏かどうかは、相手の心を読むくらいのことをしないとわからないはずだからだ。

夜ヶ峰 昌子

私はまあ、なんというか、他人の意識とリンクすることが出来る

栄町 大護

藍里と同じ『能力』を……!

夜ヶ峰 昌子

ん? ああ、同じものなのか。てっきり、新入生の『能力』は意識を乗っ取るとか移動させるとかそういうものだと思ったが

栄町 大護

……そうとも言えるのかもしれません。藍里は『能力』で他人を自殺させています

夜ヶ峰 昌子

先週の事件か。やはりあれは新入生が?

栄町 大護

はい……藍里の仕業です


正直言って、この話はあまりしたくなかった。
先輩もそれを察したようで、話を戻す。

夜ヶ峰 昌子

それでだ、君のことがわかったのは、階段で新入生が……いや、あの時『表』に出ていたのは君なのかな? とにかく、君が一人で話しているのを見たからだ


階段で話していた?
そうか、自己紹介の後に藍里と話していたのを先輩に見られていたのか。

夜ヶ峰 昌子

不思議に思ったから新入生の意識とリンクしようとしたら、私は君の意識とリンクしてしまった。そして、君たちの秘密を知ったわけだ


あの時夜ヶ峰先輩は僕の意識に入り込んだのか。気づかなかった。

夜ヶ峰 昌子

正直、君たちが恋人同士なのかは確証が持てなかったが、まあ会話を聞いて察しはついたよ

栄町 大護

藍里は、僕のために生きると言っていましたからね……


これが、先輩が僕の存在に気づいた理由。
先輩は藍里と同じ『能力』を持っている。ならばわかるかもしれない。

僕が、この体から出る方法が。

栄町 大護

夜ヶ峰先輩、頼みが……

先輩! 迎えに来ましたぁ!


その時、二年七組の教室に大声が響きわたる。
その声の主は……

栄町 大護

あ……

流矢 香澄

あ! お前!


僕と同じ顔をした、流矢 香澄だった。

第三話・2 神楽坂代理認定・その2

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