エルフの歌を聞いた者は、しばしばそれを「風のようだった」という。




ある時は新緑を揺らす風のような、優しいささやきの歌。


ある時は旅立つ者を後ろから支えて押す風のような、力強い歌。


ある時は波を逆立て、雷雲を伴う風のような、猛り狂う歌。









……









エルフ自身もまた、歌は「風のようだ」と思っている。


































風のように、急に起こるーー衝動。


時に楽しさを求め、悲しさを慰め、怒りを、さみしさを紛らわせるため。




エルフも歌を歌うのだ。




だから、































ご利用は何名様ですか?









今を生きるエルフも、たまには歌を歌いたくなるのだ。


駅前のビルの中に入った、チェーンのカラオケ店。


そこにエルフはいた。




エルフの前に受付を済ませた女子高生たちは、何やらフロントの前のアメの自動販売機に興味をひかれたらしく、集団で群がっている。




それを意識するわけでもなく、毅然とエルフは言い放った。








一人で



































一人用にしてはやや広い部屋に通された。


何となくエルフは端に座る。


静かな部屋にはテレビから流れるカラオケオリジナル番組の声が響いていた。


そう言えば、「ワンドリンクをお願いします」と言われたわ……

PRRRRR

はいフロントです

天から生まれ出づる雷は空を裂き、地を這う者を打ち砕く……

もしもし?

救いを求める哀れな人々は母なる水を頼った。ああ、それが末期の水になろうとも、今、神は一杯の水を人々に振舞う

お客様?

ワン・ドリンク!

ワンドリンクお願いしますってのはそういう珍妙なワンドリンクコールしてくれって事じゃねーよ

はい

お飲み物をご注文ください

水で

メニュー表からお選びください

あー、それじゃあこの「レモンソーダ水」

レモンソーダ水

の末尾の一文字から、「水」を

レモンソーダ水ですねかしこまりました

ガチャ
























……

……歌いますか













ピピピピピ……


































エルフの歌は、風のようだ。


風は吹く度、その顔や性格を変える。


今日のエルフが初めに選んだ風は、























デス・メタルーー


イントロから激しくヘッドバンキングを始めるエルフ。




ちなみに曲は知らない。


歌は、衝動なのだ。


リモコンを適当に押したら選ばれた曲がこれだから、


今日は、こういう暴風なのだ。

既に猟奇的な歌詞は画面に表示されているが、エルフは歌わない。


ヘッドバンキングで忙しく、画面が見られないのだ。




衝動はエルフの体を蝕み、


マイクを投げ出させた。


安物のソファの上に乗り、激しく頭を振る。






テンションあがってきた





ソファからひねり回転をつけつつ飛び降り、


スピーカーの音量をフルボリュームにし、


そのまま衝動でドアをオープン。



廊下中に響き渡る低音。


だが、エルフの衝動は止まらない。


誰も止めることができない。




エルフの部屋の隣室は、入口扉の小窓を隠すように制服の上着がかけられており、テレビすら消した真っ暗の空間になっていた。





だがエルフはヘッドバンキングをしながらその扉を躊躇もせず勢いよくオープン。



うおっ!?

キャアッ!?







中にいた高校生くらいの男女ーー何故か着衣が乱れていたーーが慌てて起き上がる。







少し音は遠くなったものの、その響きはエルフをまだ突き動かして止まらなかった。


高校生くらいの男女の前で、風のような、いや、風そのものを巻き起こす激しいヘッドバンキング。

お待たせしました、レモンソーダ水

いねぇし超うるせぇし!!





































禁忌の場所。





例えばそれは、聖獣が眠るとされる社。


悪しき存在を封じ込めた谷。


子供が消えると言われる深い森の奥……






そう言った場所を、エルフの老人たちは


「決して入ってはならぬ」


と言い聞かせてきた。







そして、新たに、



時代は、エルフに禁忌の場所を作った。











もう来ないで下さいと言われたカラオケ店。








悲しい咎を背負い、この世界を彷徨う。




そのエルフは名を、黒井と言った。

歌いましょう、それは風だから

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