#4 天上の窓

ココ

ぐすっ……ひぐっ……

 夜が明け、昇った日が再び沈んでなお、ココは地べたに座り泣き続けていた。
 目の前には真新しい墓がある。浅く掘った穴に遺体を横たえて土を盛り、遺品であるナイフを隣に突き立てただけの簡素な墓だ。
 拭ったそばからまた涙が溢れ、止むことを知らない。
 ミュゼが残した鞄を抱きしめながら、ココは彼女と出会った日のことを思い出していた。

 数日前もココはひとりで途方に暮れていた。
 枯れた平原をとぼとぼと歩きながら、現状を嘆いて、尽きない涙を袖で拭いて。

ココ

はぁ……

 慰めてくれる者はいない。話し相手もいないまま、ただ世界を彷徨い続けるのみ。

ココ

私もこのまま腐って消えるのかな……

 そうなってしまえばもう何も考えずに済むだろう。どす黒い諦念が心を塗り潰そうとしていた、そんな日のことだった。

ミュゼ

あ、やっと人いたよ!

ミュゼ

お嬢さーんちょっと聞きたいことあんだけど時間いいっすかー

ココ

 平原を駆けてくる一つの影。予想だにしない来訪者に、ココの胸は否応なく高鳴った。

ココ

あの、もしかして、あなたは

ココ

創造主様ですか!?
収穫に来てくれたのですか!!

ミュゼ

あっ全然違うっす人違いっす

ココ

へぅ……

 期待を打ち砕かれ、力なくその場に座り込んでしまう。最後の希望は潰えたかのように見えた。が、

ミュゼ

自分、あちこち旅しながら
珍しい食い物探してるんすよ。
お嬢さん何か知らない?

 旅人はしゃがみ込み、ココの顔を覗きこんでくる。

ココ

たべもの……さがす……?

 自分たちを捨てた者を待ち続けるより、この者に頼んだほうが良いのではないか。こんな機会はもう二度と訪れないのではないか。
 淀んでいた思考が急速に回り出す。

ミュゼ

美味いか不味いかは置いといて珍しいやつ。
そういうネタ集めて本にしてるんだ

ミュゼ

あっ名刺ぐらい出しといたほうがいいか、
折角のチャンスだしねー。
ここ人いなすぎなんだよ

 女は腰に巻いた鞄を漁り、少し皺のついた紙片を取り出した。ココはそれを受け取り、書かれているものをまじまじと見つめる。

ココ

アカシア書房、記者、
グルメ担当のミュゼロット……

ミュゼ

そゆこと、よろしくね!
いい情報くれたら何かお礼ぐらいするよ

 他の世界からやって来た物好きは、そう告げて屈託なく笑った。
 ココはこれが千載一遇のチャンスであると理解した。この機を逃せば、自分たちが報われる日は永遠に訪れないだろうと。

ココ

あの……色々教えてもいいです、
その代わりお願いがあるのです

ミュゼ

おっ何だい何だい、
あたしにできる事なら何でもするよ

ココはぺこりと頭を下げ、自らの願いを簡潔に告げた。

ココ

まだ無事なところだけでいいから、
この世界を食べてくれませんか?

ココ

もっといっぱいお話したかったのです……ミュゼさん……

ミュゼ

ほんとほんと、あたしもだよ

ココ

ですです、まだ聞きたいことがたくさん……

ココ

って

 何となく返事をしてしまってから異変に気づいた。背後から聞こえた声は、明らかに聞き覚えのあるもので。
 ココは恐る恐る振り返った。

ミュゼ

よっ

ココ

えっ

 背後の墓を見る。掘り返された様子も、中身が這い出てきた様子もない。

ココ

ええっ

ミュゼ

おひさー

ココ

えええええええーーーーーーーーー!!??

ミュゼ

あははは、驚かせてごめーん。
火葬しないでいてくれて良かったよ、
燃やされちゃあ探知できないとこだった

ココ

あ、あの、何がどうなってるのです?
私が昨日埋めたはずじゃ……

ミュゼ

まあいろいろ事情があってね。
色んな世界でトンデモ飯を探すには
命がいくつも無いと足りないってことさ

ミュゼ

ホントは死に場所に戻ったりしちゃ
いけないんだけどね。
ここはどーーーしても取材続けたいって上に
しこたま頼み込んで許可貰ってきたんだ。
おかげでちょっと時間食っちゃった

 ミュゼはけろりとした顔でココの背後に回り、自らの墓標として立てられていたナイフを抜いた。
 そしてショルダーバッグから取り出した布に包みしまいこむ。ココから受け取ったウエストバッグも同様に新しい鞄に収めてしまった。

ミュゼ

これ回収できて助かったよ、
買い直すと結構高くてさあ

 何でも入る魔法の鞄は少々値が張るらしい。
 一連の動作をさくさくとこなすミュゼを、ココはただ呆然と見ていた。

ミュゼ

それじゃ行こっか!
まだ幾つか食えるもん残ってんだよね?

 手を差し伸べられ、ようやく現実感が戻ってくる。真っ赤に腫れた目から、再び涙が溢れ出した。

ココ

ミュゼさん、わたっ、わたし、
ごべんなざい、わたし

ミュゼ

そーいうのはいいって!ほら鼻水拭く!
あんたには不滅のグルメ記者がついてんだから、大船に乗ったつもりで任せてくれていいんだよ

ココ

うわあああああああーーーーー!!

 ミュゼは飛びついてきたココを抱きとめ、優しく頭を撫でた。

ミュゼ

綺麗だねー

ココ

そうでしょうそうでしょう! 自慢の逸品なのですよ!

 二人は廃村から少し歩いた場所にある丘へと来ていた。
 見上げた月は美しい円を描き、眩く輝いて滅びかけの世界を照らし出している。
 あの月も食べ物の一つなのだと言う。

ミュゼ

で、あれどうやって食えばいいの?
さっきは大口叩いちゃったけど、
流石に月を削りに行くのは無理だわ

ココ

月はですね、明かりであると同時に
満月の日は調味料にもなっちゃうんですよ!

ココ

お野菜とお肉を煮込んで、
満月の下にしばらく置いておくと、
月光の味が染み込んでおいしい満月スープに
なる……らしいのです

ミュゼ

なるほどねえ、面白そうじゃん!

ココ

へへへー、
ちょうど今日満月でよかったですー

 ココの言によれば、世界と共に月も劣化が進み、満ち欠けの周期が乱れているらしい。
 しばらく現れていなかったという満月を拝めたのは本当に運が良かった。

ミュゼ

じゃあ試してみよっか、
これにも味付くかな?

 ミュゼが鞄から取り出したのは褐色の瓶だった。ココでも片手で楽に持てる大きさのものだ。
 続けて取り出した木製の深皿に瓶の中身を注ぎ、辺りの溶けた草を避けて石の上に安置する。揺れた水面から、芳醇な米酒の香りが漂った。

 他愛も無い話をしながら待つうちに、酒は月光を吸って煌き始める。輝きは徐々に増してゆき、最終的に眩しい程に輝く酒ができあがった。

ココ

きれい……

ミュゼ

なんかこう、力を感じるね……
パワーだな……

 ミュゼはいつもの挨拶をした後、両手で皿を持ちその中身を喉に流し込んだ。

ミュゼ

……やばいなこれ!

ココ

どうやばいのです!?

ミュゼ

元の酒の味が消えてるわけじゃなくてさ、
香りがほんのり上乗せされてるんだ。
それでいてキレは良くって、どこか冷たい……

ミュゼ

そうそうこれ、冷やしてるわけじゃないのに冷たいんだよ。
月ってそういうもんなんかな

 長々と語りながら飲むうちに、器いっぱいに注いだ酒は全てなくなってしまった。
 ほろ酔い気分で眺める月が、こちらを見て微笑んだような気がした。

あと:2品

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