#3 帰りを待つ肉塊
#3 帰りを待つ肉塊
調味料とかって、長く置いておくと
分離しちゃうことがあるじゃないですか
そーだね
お肉だって、食べずに置いておくと
分離します
分離する肉なんて初めて見たよマジで
二人は線路を辿り、駅を備えた廃村に辿りついた。
人の気配はなく、手入れされていない建物がまばらに並ぶのみ。
駅前の掲示板や家の壁には『救済の日は来る』と書かれた金属製の看板が据え付けられている。
この救済ってやらは結局来なかったのか
はい……
しょぼくれるココの頭を撫でながら、辺りをぐるりと見渡す。
広場を囲む建物の扉はどれも開きっぱなしになっており、その一つから子供ほどの大きさの何かが姿を表した。
謎の肉塊は複数おり、皆廃村を彷徨い続けているらしい。
その姿は一様にグロテスクで思わず目を覆いたくなる。ココがこの村の案内を後回しにした気持ちもわかるというものだった。
で、確認なんだけどさ
これホントに食えるんだよね?
そのはずなのです、ギリギリ……
しっかり火を通したほうが良いと思うです
ココは開いた本を見つめながら答えた。
彼女が持っている分厚い本は、この世界中に存在する『美味しいもの』のありかと状態を示すものらしい。
食べられなくなったものの説明には自動的に取り消し線が引かれる。今や本の殆どの内容が線で消された屍と化していた。
じゃあやるっきゃないか……
あたしに二言はないからねっ
ミュゼはナイフを抜き、近くを這いまわっていた肉塊に斬りかかった。
抵抗も仲間の救援もないまま、動く肉塊はあっという間に動かぬ肉塊へと変わった。
じゃ、早速血抜きしよっか。準備準備ー
一応喉っぽいところ狙ったつもりだけど
何が何だかわかんないな……
日の暮れた暗い広場で、薪の爆ぜる音が響く。
焚き火を挟んで地べたに座った二人は、ぼんやりと火を見つめながら語り合っていた。
他の世界の食べ物って、
食べられるための存在じゃないんですか?
食べる側が食べる側を食べるのですか?
そーだよ、皆食ったり食われたりさ
え……それじゃあつまり
食べられたくないのに
食べられちゃうのですか!
そこで驚くやつ初めて見たよ……
そりゃあ齧られたら痛いからね、
必死で逃げるさ
ふええ……恐ろしいところです……
あたしからしたら進んで食われに来る
生き物のほうが怖えーよ
二人の会話を遮るように、薪の一つが大きく爆ぜてことりと落ちる。
さーてそろそろかな
ミュゼが木の棒で薪をよけてゆくと、中から真っ黒に焦げた物体が現れた。
それを引き寄せ、灰を吹いて飛ばす。あち、と洩らしながら焦げた包みを指先で開くと、スパイスの香りを纏った湯気があがった。
おっ、いい感じじゃん!
なんだかいい匂いですねー
解体した先ほどの肉塊の一部に、ミュゼが持ち歩いていた香辛料をまぶして蒸し焼きにしたものだ。
一切の脂肪を持たない真紅の肉は、火が通ったことで食欲をそそる落ち着いた色合いに変わっていた。
そいじゃ、いただきまーす!
金属の串で刺し、小さめにカットされた肉を丸ごと口に含む。ある程度噛んで飲み込んだらまた次の肉を。その表情は明るく、悪くない味であることが伺える。
ココは本を抱え、その様子を見守っていた。……が、
うぶっ!!
ミュゼさん!?
突然目を見開いたかと思うと、手にしていた串を取り落としてしまう。
そしてそのまま倒れこみ、のたうち回る。震える手でバッグから薬のようなものを取り出し口に運ぶが、すぐに胃の内容物と一緒に吐き出してしまった。
どうして……まさか、そんな
ココは今にも倒れてしまいそうな程に青褪めながら本を開く。つい今しがた調理されたばかりの『帰りを待つ肉塊』についての記述が、今まさに変化を終えようとしていた。
腐ってしまったのだ。よりにもよって、客人が口に運ぶ直前になって。
ミュゼさん、しっかりしてください!
ひぐっ……ミュゼさんっ!!
どう対処していいかわからず、背中をさすりながら涙を零す。
この世界の食べ物は、もう食べられないと世界が判断することによって変質が一気に進む。つい数分前までなら食べられたはずのものでも容赦なく。
ごめんなさい、こんなつもりじゃ……
こんな……
泣きじゃくるココに、ミュゼは残る力を振り絞って答えた。
だい、ょぶ……ここで、まっ、て、
たし……っぷ、うぇ……もやさ、ない、で
それが最期の言葉となった。
ミュゼは何度か血を吐き、目を見開いたまま息絶えた。
うええ……
うわああああああああ!!
他に動くもののいなくなった広場で、少女はひとり慟哭した。
ミュゼの瞳が僅かに輝いたことには気が付かなかった。
あと:3品