エルフはよく、森の代理人と呼ばれる。
かつて住んでいた土地も、人の住処から遠く外れた地……
鬱蒼とした森に囲まれた集落だった。
…………リー
……
……何だったかしらね
名前すら思い出せない、
意識も距離も、遠く遥かな故郷。
木を愛で、
葉を奏で、
枝を紡ぐ。
エルフの生活は緑と共にあった。
まぶたの裏に浮かんだ、そんな光景。
そして今も、こうして目の前に緑がある。
鬱蒼とした緑の集落。
ブロッコリー。
芯も茹で、
葉も茹で、
鍋でぐつぐつ。
エルフの生活は緑と共にあった。
女神が泉で水瓶を傾け、豊穣を祈る伝説ーー
態勢だけならそれに似た姿で、ブロッコリーをザルにボトボトと移す。
よし
レンジもちょうど小気味良い音を奏でる。
エルフはうやうやしくレンジの中から湯気のあがる大き目のチキンカツを取り出した。
エルフの生活には緑以外もあった。
そしてレンジを支えるこの家最大の巨躯、冷蔵庫に手をかけ、中からキンキンに冷えた銀色の聖杯ーー
人の子らが、
生み出してしまった罪、
ビールと呼ぶそれを手に取った。
Freude…!
(※Freude…独語。ここでは特にその意図はなく、歓喜から滲み出たビールの別名称。 【来世使えるクソみたいな使用例】「冷蔵庫の飲みかけのFreude、鬼軍曹とのキスの味がするよ」)
あふれ出る喜び。
エルフの生活には緑以外がものすごくたくさんあった。
キッチンから移動すれば、後はそこ一つしかないエルフの寝床兼食事処。
台の上にチキンカツを置き、
緑を添え、
Freude。
カシュッ。
……
……
…………
っく、
はーーーーー!!
この一杯の為なら、幾らでも森なんて消えればいい!
惣菜コーナーにあった『ご自由におとりください』との添え書きがあったタルタルソースをひねりだしながら、歓喜にも揺れる長い黒髪。
「何かまあありそうな名前だしね」と3秒くらいで思い立ち、
酔い始めて大股開いて座るそのエルフは、名を黒井と名乗っていた。