……
エルフはただ黙って待っていた。
そのエルフが生きてきた時間に比べれば、まさに一瞬と呼んでよい時間。
それでも非常に長く感じるのは、心からその瞬間を望んでいるからだろうか。
遥か昔、一人の騎士に髪飾りを渡された。
ダリアの花を模した髪飾り。
騎士は「一年待っていてほしい」と言い残し、熾烈を極める戦地へと去って行った。
何事も無く一年が過ぎ、その後にエルフが気づいたのは
一年は"意外と短かった"ということだった。
昔、病に苦しむ友がいた。
病に効くと言われる薬があるのは地の果てと呼ばれる大地。
何人かが旅立った。
しかし誰も戻ってくることは無く、友は静かに息を引き取った。病床に臥してから二年が過ぎていたが、その時エルフが気づいたのは二年は"意外と短かった"ということだった。
……
いずれも待ち望んでいなかった。
きっと、それだからあの時間は短かったのだ。
エルフは思う。
夕闇迫る部屋に一人座り込み、物憂げな瞳で一点を見つめ、その時を待つ。
封印がとかれる、その瞬間を。
……よし
小さく蒸気を吐く小さな物体。
人の叡智はこの器に全てのものを封じていた。
だがそれも今日この瞬間まで。
エルフはゆっくりとその言葉を唱えた。
いただきます
白く透き通るような指先がゆっくりと封印の……そう、セロハンテープに手をかけた。
セロハンテープはどこにでもあるセロハンテープではない。
外装の薄いセロハンの剥がし口に付けられていた、いわばこの器専門の封印装具なのだ。
それをエルフは躊躇なく剥がす。
時は来たのだ。
最早この封印を守り続ける必要はない。
エルフは続けざまに封印の器の横に恭しく添えていた木の道具を手に取る。
自然の代理人、エルフであるが故に木の取り扱いには慣れたものだ。
素早く、だが正確に、木の道具を二つに割る。
元は一つではなかったかのように、木の道具は二つに分かれた。
存在が違えば双子とでも称することができただろうか?
双子はエルフの手の上で、一つであった時のことを思い出すかのごとくその身を寄せ合った。
エルフが持ち上げ、双子の姿が踊る。
その楽しげな姿と、後は音楽でもあれば、この封印の儀を彩る舞踏会の、
ようn
ズルズルッ……
ズルルルルル……
……
っはー、食った食った
人類の叡智がむさぼりつくされ、空になった小さき器に双子がブン投げ出された。
エルフはそのまま後ろに倒れ、畳の上に大の字になる。
どこからか子どもたちの大爆笑が聞こえてきた。
もう帰る時間なのだろう。
ゲェプ。
おっとラーメン味
食べ終わった後も匂いが楽しめる……フフ、お得だったかしら……?
両腕をあげ、それを振り下ろす勢いで立ち上がる。
空中で乱れた長い髪が、すっと立ち上がった華奢な体躯に柔らかくまとまって落ちる。
漆黒という言葉で呼ぶにしてはあまりにも美しいその黒髪から「ああ、これでまあいっかぁ」と3秒くらいで思い立ち、
エルフは名を、黒井と名乗っていた。