昇降口に踏み入れた途端。
 鳴り響いたのはそんな音だった。

 音の出どころに目をやる。
 下駄箱の後ろにサッと隠れる人影があった。

 下駄箱を掴み、後方へと大きく放り投げる。
 その陰に隠れていた女が、小さく悲鳴を上げた。 

氷室 愛凛

こ、殺さないで!

 
 女はスマホで譲司を撮るのを止めない。

牧島 譲司

……何の真似だ

氷室 愛凛

写真、撮ってます。ツイッターに上げるので。あとラインを駆使してこの写真を拡散しないと

牧島 譲司

止めろ

氷室 愛凛

え? なんでですか?

牧島 譲司

勝手に写真を撮るんじゃねえ

氷室 愛凛

でも私、ITメディア部なんです。
これはやっておかないと、退学処分にされちゃうので

牧島 譲司

ITメディア部?

氷室 愛凛

はい。事実を曲解してネット上で面白おかしく拡散しまくる部活です

牧島 譲司

……

氷室 愛凛

さっそくですが七星学園の四天王・最強と呼ばれた二人を倒した気分はどうですか? 二階堂会長と天ヶ崎副会長のことですよ。ネットに上げるので教えてください。愉快に脚色しますけど

牧島 譲司

……


 譲司は女の手からスマホを奪い取った。
 左手でぐしゃりと握りつぶす。

氷室 愛凛

ああ! 何をするんですか!

牧島 譲司

止めろと言ったろーが

 掌を開く。
 スマホはビー玉ほどに小さく潰れていた。

氷室 愛凛

私のスマホが……こうなりたくなかったら大人しく言うことを聞け、とか言うんですよね? それで私を慰み者にして嬲り殺しに……まずは手足をへし折って、人間サンドバックにしてやるぜとか言い出すんですよね?

牧島 譲司

人を異常者みたいに言うんじゃねえ

氷室 愛凛

本当に? 地球育ちの宇宙人で殺人衝動が抑えられないとか言う設定ないですか?

牧島 譲司

俺をなんだと思ってるんだ

氷室 愛凛

でも北海道の牧島譲司って言ったら、冬眠中の熊をわざわざ起こして戦うくらいケンカ好きだって噂ですよ。化け物だって評判です

牧島 譲司

俺はただの人間だ。
普通のどこにでもいる高校生だ


 牧島譲司に特別なところなどなにもない。
 ただ人より鍛えているだけだ。

 強いて上げるのならば、人と違うところもある。

 若干オオカミに似ている。

 2メートルを超す身長。

 100キロの巨体。

 400キロの握力。

 ベンチプレス2トンの腕力。

 100メートルを3秒フラットで駆け抜ける脚力。

 それらを除けば、譲司は平凡な高校生に過ぎない。

氷室 愛凛

だって、色々噂があるんですよ? トラックに轢かれたらトラックの方が大破したとか、北方領土から侵入したロシアの軍団を一人で撃退したとか聞きました。見つかったら食われるから文化部はとにかく隠れろって……あ、食われるって性的な方じゃなくて食事的な方ですよ。まあその噂を拡散しまくったのは私たちITメディア部なんですけど

牧島 譲司

……

氷室 愛凛

でもでも、捏造はしないのが私たちのポリシーなんです! キチンと夏休みに北海道に飛んで、牧島さんの地元で噂を仕入れて来たんですから。その時に聞いた噂を面白おかしく伝えてるだけで、嘘は一度も吐いていません!

牧島 譲司

……

牧島 譲司

いいか。
確かに妙な噂はあった。
北海道に居た頃からな。

牧島 譲司

俺はでかいし、人より目立つからな。
あることないこと言われるんだ。

だがケンカはしたくしてするわけじゃないし、トラックにはねられたことなんてない。

牧島 譲司

それにロシア兵を撃退した時は俺一人じゃなかった

氷室 愛凛

そうなんですか? でももう訂正できないですよ。スマホ潰されちゃいましたし

氷室 愛凛

……

氷室 愛凛

あーあ、スマホ、潰されちゃいましたし。私のスマホ……

氷室 愛凛

あの、私とここで会ったこと、黙っててくれますか? 出会ったのに戦わずに逃げたなんて知られたら、退学にされちゃうんです。でも私はただのITメディア部だから戦いとか苦手ですし。せめてツイッターに面白おかしく戦況報告することでお茶を濁そうと思ってたんですけど、スマホ壊されちゃいましたし

氷室 愛凛

……

氷室 愛凛

あーあ、スマホ、私のスマホ……潰されちゃった……

牧島 譲司

わかったからそんな恨みがましく見るんじゃねえ

牧島 譲司

退学のことなら心配しなくていい。俺が校長を叩きのめして撤回させてやる。だからどこかに隠れてろ

氷室 愛凛

え! 校長と戦うんですか!? すごい自信! さっそく四天王の二強を倒して調子に乗っちゃった感じですか? 最強は分け身の二階堂、次席が音速の美咲だなんて言われてますがどうでした? 私、二階堂会長ってキレイごとばかり言うから好きじゃないんですけどどうでした? いつか彼の醜態をネットにさらしてやろうと思って待ち構えてるんですけどなかなか隙を見せなくて、わざわざ隣町まで出て行って毎週エロ本を3冊買ってるって噂が流れたんですけど、広めたの私ですけど、それはいまいちでしたね。男子が共感しちゃって

牧島 譲司

うるせえ

氷室 愛凛

でもどうして校長先生と戦うんですか? 
親の仇とか?

 無視して通り過ぎようとする。
 女がその行く手をふさいだ。

氷室 愛凛

いいじゃないか教えてくれても。ここで会ったのも何かの縁ですし

牧島 譲司

うざってえ

氷室 愛凛

よく言われます

牧島 譲司

……

牧島 譲司

……俺は普通の高校生だ。普通の高校生活を送る為にこの学校に来た

氷室 愛凛

あ、わかりました! 校長を殺して剥いだ皮をかぶってなり替わるんですよね? そしてニセの校長先生として全権を掌握したうえで七星学園を自分にとって都合の良い楽園に作り替えるんですね? さすがオホーツクの生んだ戦闘狂、熊か阿修羅か牧島譲司。いま思いついたキャッチフレーズなんですが使いません? あの、私の頭をリンゴみたいに握るのやめて貰えませんか?

牧島 譲司

このまま握り潰そうか考えているところだ

氷室 愛凛

冗談ですよね?

牧島 譲司

お前次第だな

氷室 愛凛

ぐええ

 女が苦しめに呻いたところで譲司は手を離した。

牧島 譲司

俺は平穏無事に毎日を過ごしたいだけだ。
先にケンカを売ってきたのは校長の方だぜ。

牧島 譲司

だからわからせてやる。
俺に手を出すならただじゃ済まさねえってな

氷室 愛凛

うーん、もっと面白い理由にしませんか? 実はアナタは校長先生に改造されたオオカミ人間で、その過去との決着をつけようとしているとか。鍋にされた妹の仇を取るために校長先生の命を狙っているとか。ちょっと時間もらえれば私考えますけど

牧島 譲司

さっさと引っ込め。巻き込まれたくなけりゃな

氷室 愛凛

巻き込まれる?


 譲司は返事をしなかった。
 一気に前方に駆け出す!
 女の横を風よりも早くすり抜けた!

 二階へと続く階段。
 生徒が飛び込んでくる!

 木刀を持ったその男が叫んだ!

雑魚A

一年七組、小杉六郎! 剣道部! その首もらった!


 振り下ろされた木刀を掴み、真っ二つにへし折る。
 勢い余ってつんのめる男にローキックを当てた。

雑魚A

ぎゃああ!


 剣道部は空中で三回転して倒れた。

牧島 譲司

殺気を隠せてねぇぜ。
降りて来いよ。

まとめて相手してやる。


 階上から怒号が響いた!

 次から次へと生徒が飛び出してくる!

雑魚B

二年十三組、山本康弘! 柔よく剛を征すだ! 来い!


 折れた木刀の破片を投げつける。
 顔面を強打し、柔道着の男はあっけなく倒れた。

三年二十四組、正岡久志! 空手部主将! 受けてみろ俺の正拳突きをッ!

 突き出された左拳を軽く受け止めた。
 窓の外に向かって空手部を投げつける。

雑魚C

ぬわーーーーーーっ!!


 視線だけを後方に向ける。
 カメラ女はどこかへ姿を消していた。

 譲司は気にすることを止めて、上階と突き進んだ。 


 生徒は次々と現れる。
 だがあ、統制がまるで取れていない。

 転校生の首という獲物を狙っているのだろう。
 互いに牽制し合い出し抜こうとする様子があった。

 襲撃は間断なく続く。
 戦士としての練度は生徒会には遠く及ばない。

 超能力じみた力を使う者もまたいなかった。

 一階、二階を隅々まで探すが職員室はない。

 北海道の高校に比べれば、広さは桁が違う。
 そもそも譲司の高校には生徒が百人しかいなかった。

 全校生徒三千人という規模の学校なのだ。
 広いのは当然だろう。
 だがそれを除けば何の変哲もない、ただの校舎だ。

 それなのに、あるべき部屋が存在しない。
 職員室だけが見つからない。

 一学年につき二十五クラス。
 それだけの教室があり、それぞれに担任がいる。

 当然、職員が待機するための部屋が必要だ。
 存在しないはずがない。

牧島 譲司

クソ、どうなってやがるこの学校は


 譲司は苛立ち、廊下の窓から外を見た。

 砕けたグラウンドしか見えない。
 それと倒していった生徒たちだ。

 何人かはすでに立ち上がっている。
 他の生徒を介抱しているのが見えた。

 ゆっくりと、背後の教室で扉が開いた。

 譲司は振り向くのと同時、拳を扉に叩き込む!


 教室の隅までひしゃげた扉が飛んでいった!

牧島 譲司

死にたくなければ近付くなよ。

手加減してやれる余裕も……

氷室 愛凛

こ、殺さないで!


 尻もちを付いたままで。
 その女子生徒は、スマホで譲司を撮っている。

牧島 譲司

何やってんだてめえ

氷室 愛凛

写真撮ってます

氷室 愛凛

あ、ダメですよ!
このスマホは剣道部の小杉くんの借りたんですから壊さないでくださいね。さっきの子ですよ。頭の横に雑魚Aって書いてあった彼です。

氷室 愛凛

別に牧島くんの邪魔をしようってわけじゃないんです。気が変わったんですよ。私は牧島くん側につきます

牧島 譲司

はあ?

氷室 愛凛

だって、うちの学校で校長先生と戦おうとする人なんていませんよ! 
もしも校長を倒せたなら、五十年続いた豪徳寺校長の独裁支配が終わるってことですからね、こんなの無視してられないじゃないですか! 手伝います!

牧島 譲司

何をするつもりだ。戦えもしないんだろ

氷室 愛凛

私の戦いはこっちです

 他人のスマホを持ち上げて、自慢げに言う。

氷室 愛凛

SNSで校長に逆らう仲間を募りますよ。七星学園解放軍です。面白いと思いませんか?

牧島 譲司

余計なことするんじゃねえよ

氷室 愛凛

えー。なんでですか

牧島 譲司

足手まといはいらねえ

氷室 愛凛

そんなことばっか言ってると友達できませんよ

牧島 譲司

どいつもこいつも俺の首を狙ってやがるのに、どうやって仲良くしろってんだ

氷室 愛凛

一理ありますね。じゃあ、私がたった一人のアナタの味方ということで

 本気なのか冗談なのか。
 女はそんなことを言って笑った。

 にこにこと満面の笑みを浮かべている。
 譲司は舌打ちした。

牧島 譲司

ずいぶんと頼りない味方だな

氷室 愛凛

何でも聞いてください。この学校では一年先輩ですから

 小さな胸を張って言う。

牧島 譲司

先輩だったのかアンタ

氷室 愛凛

そうです。二年生だぞ。敬語使えよ後輩

牧島 譲司

うるせぇな。殴るぞ

氷室 愛凛

こ、殺さないで!

氷室 愛凛

ああ待って。冗談ですから


 去り掛けた譲司のブレザーを女が掴む。

氷室 愛凛

でも、味方するってのは本当ですよ。何か聞きたいことないですか?

牧島 譲司

なぜそんなことをする

氷室 愛凛

面白そうだから。

ああ待って冗談ですから!
引きずらないで!

 無視して歩き出す。
 ブレザーの裾に掴まった女を引きずって。

氷室 愛凛

他に他に! 校長先生の弱点とか! 興味ない?

牧島 譲司

校長の弱点は?

氷室 愛凛

知らない

牧島 譲司

どこにいる

氷室 愛凛

職員室です

牧島 譲司

職員室の場所は?

氷室 愛凛

知らない

牧島 譲司

……

氷室 愛凛

ああ待って冗談ですから! 
引きずらないで! 

氷室 愛凛

校長先生の居場所は知らないけど、相原先生なら知ってる!


 背中に掴まる女をぶら下げたまま、歩く。

氷室 愛凛

相原先生です!知りたいですよね?
たぶん、校舎にいるの相原先生だけですよ

氷室 愛凛

今回は生徒の試験だから先生は手を出さないって話だけど、あの人はなんか今日を楽しみにしてましたから

牧島 譲司

場所はどこだ

氷室 愛凛

美術室です。美術の先生だし。

教室出て左にまっすぐ進んで、階段を上がったら右。行き止まりのところにあるからすぐわかると思う

 他にはー、と聞いてくる女を無視する。
 譲司は教室を飛び出した。
 
 残された時間はあと三十分!




 続くッ!

学園戦記マキシマ 第三話

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