埴谷義己

しかし、証拠も何もどこから探せば……

駿河音耶

……

 埴谷の呟きに、何か考え込むようなしぐさを見せる音耶。双子なだけあって頭の回転に関しては等しいようなものであり、兄よりもまともな行動規範を持つ彼には埴谷もちょくちょく助けられた。

駿河音耶

もし、もしもの話をしましょう

 何故か念押しするような前置きの後、彼はこう続ける。

駿河音耶

もし私が犯人ならば、記念品を作ると思います

埴谷義己

記念品?

 埴谷が言葉の意味を推し量れずに首を傾げると、音耶は小さくくすりと笑った。元々の顔つきのせいでいつも優しげな微笑を浮かべている様に見える彼だが、笑えばそれははっきりとわかる。女性にももてるだろうというような綺麗な顔立ちでその笑みを浮かべられれば男の埴谷ですら少し戸惑ってしまうが、何故か今回の笑顔には違和があった。それが何かはわからなかったが、今気にするほどの事でもないと、彼は音耶の話に耳を傾けた。

駿河音耶

好きな女性を手にかけたとしましょう。そうなれば、もう彼女と新たな思い出は作れないわけです。だから、今後の自分のためにも、彼女を忘れないという、いわば彼女のためにも何か思い出の品が欲しいんですよ。そしておそらくそれは、現場からも発見されなかった――

埴谷義己

凶器か!

駿河音耶

そう言うとあまりそれっぽくないですけどね。つまりはそういう事です。もしかしたら全ての犯行において同一の凶器を使用している可能性もあります。死因も傷口も同一に見えますし、ありえないことではないでしょう

 確かに、現状から考えられて証拠となりそうなものは未発見の凶器であろう。音耶の話によれば、それは犯人が未だ持っている可能性が高いらしい。となれば、俺のすることは一つ。そう心に浮かべた埴谷はぐっと拳を握りしめ、音耶に声を掛ける。

埴谷義己

……茂浦徳介に、もう一度話を聞こう

 具体的に証拠が出ているわけではなく、恵司の推理上でのみの犯人である茂浦の自宅を調べるというのは現状不可能である。せいぜい出来て、任意で取り調べを行うこと。これも拒否されてしまえば一貫の終わりだが、やってみる価値はある。
 埴谷は、もう一度茂浦の自宅に向かうことにした。

駿河恵司

ふっふふーん♪ ふんふーん♪

砂尾緋糸

あ! さっきぶりだな!

 埴谷の元からの帰り道、赤いランドセルを背負った少女が恵司に手を振った。恵司はその姿ににっこりと笑って答える。

駿河恵司

おっ。緋糸ちゃん、はろろーん。元気だったか?

砂尾緋糸

うん! 私は元気だぞ!

 少女の名前は砂尾緋糸。過去に殺された恵司の恋人である、砂尾空の妹だ。天真爛漫な様子ではあるが、姉の事が大好きだった彼女の心の傷は計り知れない。だからこそ、姉の恋人だった恵司は彼女の事を気遣い、緋糸もまた恵司に懐いていた。恵司自身にも年の離れた妹がいるので、妹が増えたというような感覚なのだろう。

砂尾緋糸

恵司は元気かー? 何だかあんまり元気そうじゃないぞー? さっきも何も言わず逃げちゃうしなー

駿河恵司

そんなことないぞー。緋糸ちゃんと会えたから超元気だぞー?

 そう言って、緋糸の頭を撫でる恵司。緋糸は「くすぐったいー」と言いつつもとても嬉しそうに笑みを浮かべた。

駿河恵司

緋糸ちゃんは学校の帰りかな? 最近は物騒だからちゃんと気を付けて帰りなよ?

砂尾緋糸

うんっ! 心配はいらないぞ!

 緋糸はそう言って歩き出すが、数歩恵司から離れた所でふと足を止める。何事かと恵司が首を傾げると、緋糸は振り返って小さく言った。

砂尾緋糸

な、なんだったら“ごえい”してくれてもいいんだぞ?

 顔を真っ赤にさせてそう言った彼女に、恵司は優しく微笑み、

駿河恵司

お任せください、お姫様

 と、わざとらしく気取って隣に立つと、彼女と合わせて歩いた。
 空の事がある分、緋糸も少し怖がっているのかもしれないな、などと鈍感なことを考えつつ歩く恵司の隣で、姉の恋人だった恵司にどことなく惹かれる緋糸は、幼いながらに抱えた複雑な気持ちを整理しきれずにいた。

第一話 ⑦ 嵐の前の静かな一時

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