しばらくの間、

私は自分の部屋から

窓の外の景色を眺めていた。



そう言えば

昨日の事を

まだ青田に謝っていない。



青田、

あの後、

黒川と白石をどうしたんだろう。



黒川達と

何か話をしたのかな……。



「お嬢、いるのか?

 プリンを買ってきたぞ」



昨日の事を考えながら

ぼーっとしていると、

部屋の扉をノックする音と共に

赤井の声が聞こえた。



「あ、赤井。少し待って」



私が急いで部屋の外へ出ると、


赤井が箱を持ったまま、


慌てた様子の私に

少し驚いた顔をして立っていた。



「赤井、ありがとう。

 悪いけれど、

 そのプリンを黒川の部屋まで

 届けてもらえないかな?」



「え?

 お嬢、

 黒川君に謝りたいのだろう?

 お嬢が直接渡さなければ

 意味がないと思うぞ?」



「いいの。

 今は黒川に合わせる顔が
 無いから。

 お願い、

 赤井が持って行って」



「折角

 お嬢の分と俺の分も

 買ってきたんだからさ。

 三人で一緒に食べようぜ」



「赤井。

 私の事は心配しないで。

 時が来れば、

 ちゃんと謝りますから。

 だから私のプリンだけ

 この場に置いて

 黒川の所へ行ってください」



「はぁ?

 ふざけるなよ。行くぞ」



赤井が私の腕を

ぐっと掴んで引っ張った。



「あー。止めてー」



赤井に引きずられる。


……赤井、強くなったな。



「黒川くーん、

 起きているかー?

 開けるぞー?」



赤井が黒川の部屋の扉を開くと、

黒川と白石が

何かを話している最中だった。



今、

一番顔を合わせたくない二人が

揃っている。



「あ、赤井。

 のっぴきならない急用を

 思い出しましたので、

 これにて失礼します」



「は?

 お嬢に大事な用なんて

 ないだろう?」



「うるさい!

 赤井の馬鹿ー!」



私は赤井の手を振りほどき、

走って逃げた。



「エッ? エー?

 お嬢! このプリン、

 どうするんだよー!」



「私のプリンは

 冷蔵庫に入れておけー!

 馬鹿ー!」



私は屋敷を飛び出し

裏庭へ向かった。


裏の畑で

青田が野菜の手入れをしていた。



「お嬢、

 そんなに慌てて

 どうしたの?」



「青田……、

 ゲッホ……、

 畑の手伝いを……、

 ゴホッ……、

 してもいいですカッ!」



慌てて走ったので、

心臓がドキドキしている。



青田の近くにしゃがみこむと、


青田はクスッと

笑いながら立ち上がり、


黙って何処かへ行ってしまった。





ああ……。


私の居場所は

何処にも無いな……。



涙で滲んだ目をこすって

立ち上がろうとした時、


後ろからそっと

麦わら帽子を被せられた。



振り返ると、

いつものように

優しく微笑む青田がいた。



「日差しが弱くても

 割りと日焼けするからね。

 このタオルは首に巻いて。

 それから軍手」



「あ。……うん」



「お嬢。

 まだ苗を植えていないところの

 雑草を抜いてもらえるかな」



「はい」



私は

青田が指定した場所に

しゃがみ込んで、

黙々と雑草を抜いた。



「青田……」



「うん?」



「昨日は

 黒川と白石を放置したまま

 逃げてしまって、ごめんなさい」



「うん」



「……あの後、

 黒川達は

 何か言っていましたか?」



「気を失っている二人を

 布団まで運んだだけだから、

 何も話していないよ」



「……そう」



「…………。

 お嬢は今朝、

 黒川君達と何か話したの?」



「白石に……。

 白石に

 『家族ではない』

 と言われました」



私は麦わら帽子のつばを

ぎゅっと握って、


さらに目深に被った。



「……お嬢。

 お嬢は皆から

 『家族だ』と

 言ってもらいたいの?」



「…………」



「お嬢。

 『家族』という言葉は、

 時に人を束縛してしまう。

 将来、

 お嬢が自分の幸せのために

 この屋敷を離れることに

 なった時、

 『家族』を捨てて

 行けるのかな。

 
 お嬢の性格なら

 『家族』の事を考えて、

 悩んでしまうのではないかな」



「私は今のままでいい。

 皆を捨てなければ

 得られない幸せなんか

 いらない」



「お嬢がそんな風に思っても、

 誰も喜ばないよ」



「分かっているよ。

 いつかこの屋敷を

 離れていかなければ

 ならない事ぐらい。

 でも、

 面と向かって

 『家族じゃない』と

 言われてしまうのは辛いの。

 今まで一緒にいた時間

 全てを否定されたようで、

 本当に辛い……」



麦わら帽子のつばを握って

顔を隠していると、

いつの間にか青田が側にいた。



「僕は……。

 お嬢の涙を見たくないから、

 つい優しい事ばかりを

 言ってしまう。

 白石君だって、

 本当はお嬢の泣いている姿なんか

 見たくないだろうけど、

 お嬢の将来の事を考えて、

 わざと厳しい態度を

 取っているのだと思う。

 白石君の辛さも

 分かってあげて?」



「……分かっているよ」



家族って何だろう……。



どうすれば家族になれるの?



私は

『家族』という言葉に憧れていた。




それが

皆の心を縛りつける言葉だなんて


思いもせずに。

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