俺は子どもが苦手だ。



子どもは汚い。

すぐ泣く。すぐ汚す。

うるさい。言う事を聞かない。

世話をしなければならない。



とにかく面倒臭い。



「黒川君。

 あの爺さん、

 この屋敷を託児所にでも

 するつもりなのでしょうか?

 赤井君と桃の世話をするだけでも

 大変なのに、

 今度は爺さんの孫って……」



「ハハハ。

 確かに爺さんは

 何を考えているのか

 分からないよな。

 赤井君と桃を

 ここに連れて来た時も、

 本人はすぐ

 海外に行ってしまって、

 残された俺達が大変だった。

 しかし、

 世話なら子ども好きの

 青田君が引き受けてくれているから

 良いじゃないか」



「毎日

 泥だらけの洗濯物を洗うだけでも

 ストレスが溜まるのですよ」



「ハハハ」





この屋敷に連れて来られたばかりの

お嬢は、

今からは考えられないほど

無口な子どもだった。



「いいですか? お嬢。

 この屋敷には

 沢山の決まりごとがありますが、

 真っ先に覚えていただきたいのが

 『俺には触るな』

 と、いうことです。

 俺、人に触るのも触られるのも

 大嫌いですから。

 分かりましたか?」



洗濯機を回しながら説明をしていると、

お嬢は黙ったまま

俺の顔をじっと見つめていた。



ああ……。

本当に面倒だ。



「……。あのね、お嬢。

 俺の言っていることが

 理解できますか?

 俺には触らないでって。

 だから

 今掴んでいるシャツの裾を

 離してもらえますか?」



シャツの裾を引っ張ると、

掴んでいたお嬢の手が離れた。



お嬢が掴んでいたところが

皺になっている。


最悪だ。



それでもお嬢は

黙ったまま、じっと俺を見ていた。



「青田くーん!

 お嬢をどうにかしてくれませんか?」



「あー。

 お嬢、ここにいたんだ。

 あっちで

 赤井君や桃と一緒に遊ぼうよ」



青田君がお嬢を抱き上げて

連れていった。



やはり子どもは苦手だ。



お嬢は

特に俺に懐いているわけではなく、

近くにいる人の服の裾を

常に掴んでいるようだった。





「ハァ……。

 白石君、聞いてくれるか?」



「どうしたのですか? 黒川君」



「俺がお嬢の教育係に選ばれた。

 何故、

 青田君じゃないのだろう……。

 お嬢、何も喋らないし

 泣いたり笑ったりしないから、

 どう接すれば良いのか分からない。

 赤井君や桃の

 世話をする方が楽だ……」



確かに……。



青田君が面倒をみている時でも、

お嬢は笑っていないようだ。


赤井君と桃が遊んでいるところを、

青田君の服の裾を掴んで、

じっと見ている。





お嬢は毎朝、

洗濯機を回している俺の所へ来るのが

日課になっていた。



「あー。

 あのさ、お嬢。

 ここへ来たって

 何も楽しい事はありませんよ?

 赤井君や桃と一緒に

 遊んで来たらどうですか?」



「…………」



駄目だ。

お嬢が何を考えているのか、

さっぱり分からない。



俺は、お嬢の前でしゃがんで、

お嬢と目線を合わせた。



「お嬢。

 シャツの裾を

 引っ張らないでください。

 代わりにこれを

 ベルトにぶら下げておきますから。

 俺に掴まる時は、

 これを掴んでください」



お嬢の目の前で

キーホルダーを揺らすと、

一瞬、お嬢の瞳が輝いたように見えた。



それからお嬢は、

俺のベルトにぶら下がっている

キーホルダーを掴むようになった。



「お嬢。またここにいた。

 白石君の洗濯の邪魔をしたら

 駄目だと言っているだろう?

 悪いな、白石君」



黒川君がお嬢を引っ張っていく。



「いいですよ。別に……」



お嬢が掴んでいない時は、

ベルトにぶら下がったキーホルダーが

馬鹿みたいに思える。





ある日、

お嬢がキーホルダーに何かをしていた。



「…………。

 お嬢、何をしているのですか?」



見ると、

キーホルダーに

新しいキーホルダーが

ぶら下がっていた。



ボタンを押すと

ピカピカ光って

変な音楽が流れるキーホルダー。



「…………。

 これも付けろと?」



お嬢が満面の笑みで頷いた。



…………。


お嬢が笑うところを初めて見た。





お嬢は

毎朝キーホルダーのボタンを押す。



「お嬢、うるさいですよ」



キーホルダーは少しずつ増えていき、

お嬢とも

少しずつ会話をするように

なっていった。





あれからお嬢も成長し、

ベルトから

キーホルダーを外す時が来た。



改めて

キーホルダーの数の多さと

重さに驚く。


まるで女子高生のようだ……。



キーホルダーは薄汚れているけれど、

一つ一つに思い出があって、

潔癖の俺からすれば

珍しく捨てられずにいた。



お嬢が一番最初にぶら下げた

音楽が流れるキーホルダーは、

中の電池が切れて

音楽が流れなくなっていた。  



メロディーは覚えているけれど

曲のタイトルは、知らないまま。




「白石ー、お土産ですよー」



修学旅行から帰ってきたお嬢が、

気持ちの悪い

木彫りのキーホルダーを渡してきた。



「…………。

 何ですか? これは」



「フフフ。

 何か分からないけれど、

 これを見た瞬間、

 白石の顔が思い浮かんで。

 面白いから買ってきました。

 白石、キーホルダーを

 集めているでしょ?」



「いえ。あれは……」



言いかけたけれど、止めた。



お嬢は、

あの頃を覚えていないのだろうか。



自分の部屋に戻って、

引き出しの中のキーホルダーに

新しいキーホルダーを加えた。



「フッ……。

 本当に気持ちが悪いな。

 このキーホルダー」



また、

キーホルダーと共に

思い出が増えていく。

閑話(白石とお嬢の日常)その3

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