カイ・テイラーは企業に所有されるスポーツ奴隷としての生活を送っていた。恋人でありチームメイトでもあるアナ・リヴェラと共に、彼は試合に備えていた。カイとアナを含む4人はヴァスティカップ予選前健康診断のために医療センターへ向かった。周囲には無機質なビルと無表情な人々。無言の監視カメラが至るところに配置されている。
「まさか、健康診断でここまで来なきゃならないとはな…」
カイがため息混じりに言った。
「仕方ないよ。50年前に人間は負けて今の私達は奴隷、体調管理までしてくれて生きてることに感謝しないと」と、アナが肩をすくめる。彼女は、どこか疲れたような表情を浮かべていたが、その目はしっかりと前を見据えていた。
「でもさ、こんなのただの管理だよ。健康診断じゃなくて、俺たちのすべてを記録してるだけだろ?」
横にいた仲間のザード・ビーインが苦々しげに言う。
「監視されてるって感覚、やだね…」
もう一人の仲間、モーリス・ユグドラがつぶやく。
カイはアナを見つめ、少しの間を置いてから話を切り出した。
「ところで、俺たち、今日…その…提出するんだよな。」
アナは無言で頷いた。彼らは、カップルとして「申請」をし、未来の子供を作るための手続きを今日行う予定だった。医療センターでの健康診断が終わった後、カイは精子を、アナは卵子をそれぞれ提出する必要がある。
「…なんか変な感じだな。自然じゃないっていうか」
とカイは続ける。
「うん、でも今の時代じゃ、自然なんてありえないよ。子供を作ることも、私たちが勝手に決められるわけじゃないんだから」
とアナが冷静に返す。だが、その声には一抹の寂しさが滲んでいた。医療センターの自動ドアが音もなく開く。中は白く、清潔すぎるほどの無機質な空間が広がっている。受付に立っていた職員が無表情で彼らを迎える。
「お名前と申請内容をお願いします。」
職員の声は抑揚のない、機械のようなトーンだった。カイが一歩前に出て答える。
「カイとアナです。子供を作る申請を出していて、今日は健康診断と…提出です。」
「承知しました。お二人は左手の扉から進んでください。他の2名の方々は右手の扉から、それぞれの診断にお進みください。」
ザードが後ろで少し笑いながら言う。
「おい、カイ。アナと一緒にいられるの、いいな。俺たちはいつも通りバラバラか。」
カイは肩をすくめ、何も言わずにアナと共に左手の扉へと進む。他の仲間たちは、何気ない会話をしながら右手の扉へと消えていった。扉の向こうはさらに無機質な部屋が広がっていた。白いベッド、モニター、そして精密な医療機器が並んでいる。カイとアナは、それぞれ異なる部屋に案内され、提出の手続きを進める準備を始めた。
「これで、私たちが望んだ未来が手に入るのかな…」
アナが心の中で小さくつぶやき、静かにそのプロセスに従っていく。カイもまた、無言でその部屋に座り、これからの未来に思いを馳せる。ただ、それがどんな未来であれ、彼らは抗う術を持っていなかった。

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