(回想)
大きな炎が古い民家を包みこんでいる。
消防車が何台も民家を囲み、数人の消防士が険しい顔で、放水をしている。
大勢の人が、民家を囲み、噂話をしている。
「中にはまだ、小さな男の子がいるらしいわよ。
おばあさんも…かわいそうに…」
家の中から、雪也の泣き叫ぶ声が聴こえる。
「熱いよぉ!兄ちゃん、助けてー!」
「雪也っ!」
中学生のじんが、人混みを必死に掻き分けながら、家の前におどり出る。
側にあったバケツを手に取り、頭の上でひっくり返す。
全身に水を浴びたまま、家の中に飛び込もうとするが、消防士に引き止められ、その場から動けなくなる。
「弟が中にいるんだっ!行かせてくれっ!」
「危ないから、下がって!」
「まだ生きてるんだっ!頼むっ!!」
「ダメですっ!」
「雪也あぁぁ!」
中学生のじん、消防士に押さえられ、その場で泣き叫びながら、地面に崩れる。
消防車のサイレンが鳴り響く。
-数年後-
雪が降る真夜中の公道
爆音を鳴らしながら、走るバイクの群れ。
その先頭を走るじんのバイクが、赤信号の交差点に真っ先に切り込む。
右から直進してきた車が、急ブレーキをかけ、
じんのバイクのギリギリ手前で停止する。
「バカヤロー!死にたいのかっ!」
車の窓から顔を出し、じんに向かって怒鳴る男。
じん、車の男を|一瞥《イチベツ》し、そのまま走り出す。
(回想)
台所で、じんの祖母、タミが煮物を炊いている。
その側で、弟の雪也が、テーブルの上でミニカーを走らせ遊んでいる。
玄関の戸をガラガラと勢いよく開ける、中学生のじん。
「ばあちゃん、ただいまぁ」
「じんちゃんかい?お帰り。
今日はじんちゃんの好きな肉じゃがだよ」
じん、ランドセルを玄関に置き、台所に向かう。
まな板の上で野菜をトントン切りながら、
じんに優しく微笑むタミ。
「兄ちゃん!お帰りー!」
ミニカーを持ったまま、走り出し、ドンッと、
じんの膝にしがみつく雪也。
「ちゃんと、ばあちゃんの言う事聞いて、お利口さんにしてたか?」
「うん」
「そうか、偉いな。また今度、川に魚捕まえに行こうな」
「うん」
じん、雪也の頭を撫でる。
雪也、じんの顔を見上げ、照れ笑いする。
暴走族の集会所
タバコを吸ったり、バイクをいじったりしている族員達。その前を通り過ぎようとするじん。
「よぅ、じん!さっきアニキがお前の事探してたぜ。何か話があるって」
じん、族員の方を振り返り、足を止めるが、話を聞いてから、急ぎ足で達也の居る部屋へ向かう。
「達也さん…話って何ですか?」
達也、真剣な顔つきで、じんを見る。
「よう、じん。久しぶりだな。まあ、ここ座れや」
じん、達也の向かいに置いてあるソファに座る。
「話なんだけどな…今日で終わりにする事にした」
「終わり?」
達也、胸ポケットから、タバコを取り出し、ライターで火をつける。
「…俺の女がよ…」
「七海さん…どうかしたんですか?」
達也、タバコを吸って、ひと息つく。
「…できちまってよ」
じん、黙り込む。
「…で?(アントニオ猪木風)」
「で?じゃねーわ。できたって言ったら、
赤ん坊に決まってんだろが」
「七海さん、妊娠したんですか!おめでとうございます!」
「おおよ!つうか、そんな顔で祝われても嬉しくねーわ!気持ち悪いから、その顔やめろって、何回言わせるんだ?」
「しゅみましぇん!」
達也、ゴホンと咳払いをして、
「すなわち!!もうじき俺は父親になる!」
「…父親…」
「そうだ父親だ!だから、もうやんちゃするのは、今日で終わりにする!族も解散だ」
「そんなの…そんなの…イヤ、ダァッー!!(アントニオ猪木風)」
「ダァッー!」の文字が達也の体に突き刺さり、天井までぶっ飛ぶ。
猪木の顔のまま、じんが、天井に張り付いている達也に向かって、
「解散って、俺は今から、どうすればいいんですかぁぁっ!」
達也、張りついたまま、
「潔く、散るのみっ!」
「(天井の達也に向かって)もう馬鹿な事ができなくなるじゃないですかぁっっ!!」
「あ…諦めろっ!」
天井に張りついた達也の手が、ぷるぷる震えだす。耐えきれず、指が天井から離れ、床にドスーンと落ちる。
達也、素早く立ち上がり、胸ポケットから櫛を取り出し、乱れたリーゼントを整える。
「人が真面目な話してんのに、男前が台無しだぜ…つうか、お前テンパったら、いつもそんな変な顔になるよな。面白い奴だぜ、全く」
「すみません…なんか癖あるみたいで…」
「癖、ありすぎだろ」
達也、じんの顔を見て、穏やかに笑う。
変顔のまま達也に近づく、じん。
「わわ…よせっ!|感染《ウツ》るから、近づくなっ!」
振り向いた瞬間、変顔になった達也の顔。
達也、じんと顔を見合わせ、二人で爆笑する。
「ぎゃはははっー!」
達也、真顔に戻りゴホンと咳払いをする。
「じん、いいか、よく聞けよ。お前にとって1番大事な人間って誰だ?」
「そ、それは、ここにいる仲間に決まってんでしょっ!」
「本当にそう思うか?」
じん、黙ってコクリと頷く。
「いや、違うな。俺が思うに、自分にとって1番大事な人間ってのはなぁ…
一緒に馬鹿やって楽しいと思う人間よりも、
居なくなったら淋しいと思う人間の方がよっぽど大事なんだと思うぜ」
達也、ドヤ顔でじんに詰めよる。
「居なくなったら淋しいと思う人間……」
じんの頭の中で、雪也とタミの笑顔が思い浮かぶ。
「おうよ、居ないだろ?今のお前には…」
「…」
「居ないなら、居ないと、はっきり言え」
達也、両手でじんの口が避けるまで、思いっきり左右に引っ張る。
「居ないだろがー!」
「(口が裂けたまま)い、いませぇん…」
達也、ぜぇぜぇ息を切らしながら、
「だろ?だったら、今から作ればいいべ」
達也、ズボンのポケットから、《朗らか荘》と書かれたメモを取り出し、じんに手渡す。
「そこ、俺の弟が働いてるから、行ってみろ。
そこには、亡くなったお前のばあさんとか、弟みたいな奴がいるから…」
達也、テーブルの上に置かれたタバコを取り出し、口にタバコを加えながら火をつける。
深く吸ってから、プハァーっとじんの顔に向かって煙を吐く。
「ゲホッゲホッゲホッ」と、咳き込むじん。
「タバコも吸えない奴が、族の切り込みやってるなんて笑わせるぜぇ~」
達也、じんの肩に手を回し、にやにや笑いながら、タバコを吸う。
じん、タバコの煙が目に沁みて涙ぐむ。
「じんは、まだまだ、ひよこだよなぁ」
達也、じんの腰をぐりぐりする。
じん、半分泣きながら、
「痛いっス」
達也、タバコを床に捨てて、足で揉み消す。
「よーし!
今日は解散記念に、俺が特攻やるからっ!
しっかり、後ろついて来いっ!」
達也、笑顔でじんの首を片手でギュッと締め付ける。
「…ぐ…るじ…い」
徐々に青ざめていく、じんの顔。
達也、じんの首を締めたまま、笑顔で
「おっしゃあ!!
今日は最高の夜にするぜ!!|族《ゾク》よ、さらば!(矢沢永吉風の顔)」
じんの首を締め付けている、達也の腕を何度もパンパン叩く。
「(もがきながら)もう…ギブ…っす」
達也の近くで、バイクのアクセルをふかす音、
マフラーの音がドドドと低く鳴り響く。
達也、誘われるように音の鳴る方へ、ふらふらと歩き出す。
じん、達也から解放され、ヘナヘナと床に膝まづく。