月夜に照らされて真っ黒な和装姿の宗冥が立っていた。風が吹いて紫紺色の長い髪がなびく。見上げる空の向こうには大きな狐に背に乗って飛んでいくマキノの姿が。
 宗冥の哀し気な背中を見て、どうして私じゃないんだろう。私ならずっとそばにいてあげられるのに――咲はそんなことを思っていた。

 暁国に来て三ヶ月ほど経った。宗冥に出会ったのは二ヶ月ほど前。一目惚れだった。
 まだ慣れない国での生活で勝手がわからず森の中を歩いていたとき「おい、誰の許可でここを通っている」
 大トカゲの妖怪三匹が咲を足止めした。
「誰かの許可が必要なの?」
「ああ、許可なく通れば罰金を徴収する」
「あら、でも前に通ったときには許可なんて必要なかったけど?」
「変わったんだよ!罰金が払えなきゃ色街に売り飛ばしてやる!」

 色街といえばよくれんれんが遊んでたっけ。
 そんなことを思い出してくすりと笑う。

「なにがおかしい!」と怒気を帯びた大トカゲが咲に襲いかかる。
 こんなやつら私一人で、と身構えていたその時、ずさりと大トカゲが血しぶきをあげて倒れ込んだ。
 やったのは黒狐だった。
 大トカゲ二匹は倒れ込んだ同胞を担いで一目散に逃げていった。

「ありがとう。でもなにもあそこまでしなくても」
「あそこまでやってもまたどうせやるさ。それにあの大トカゲはあれしきでは死なない」
 今しがた無惨なことをしたというのに涼しい声で言う黒狐。端正な顔立ちに紫紺色の長い髪、黄金色の瞳、そして闇よりも深い漆黒の耳と大きな尾。
 咲は一瞬で目を奪われた。

「ちなみにだが、ここは罰金など必要ない。あいつらが新入りを獲物にしてやってるだけさ。呟国から来たのだろう?」
 黒狐と目が会ってはっとする咲。
「ええ、よく知ってるわね」
「あの見目麗しい白狐様が連れてきたとなれば噂なんてあっという間に広がるさ」
「春紅様ね」
「どうしてこんな森の中を?」
「この先に私の家があるの。春紅様が用意してくれた。ここが近道なの」
「ほう、街のほうがなにかと便利なのになぜこんななにもないところに」
「隣国から来た者をよく思わない輩がいるからって安全を考えてのことよ」
「すると春紅様の殿方である野狐もこの先に?」
「……そうよ」

 後になって思えば、大トカゲたちに絡まれた一件は宗冥が仕組んだことではないかと勘ぐった咲。
 その後まもなくして蓮夜と春雷の家が何者かに荒らされた。
 春紅に会おうにも幽閉されていて会えない。春紅に仕えていたマキノが駆けつけた。
「一体誰がこんな」 
 咲が言うそばでマキノが一本の黒い毛を手の取る。
「咲さん、最近誰かに会いませんでしたか?」
「……ああ、そういえば黒狐に会ったわ」
「そうですか。もっとはやく情報を共有しておけばよかったですね。私も忙しくてなかなかこちらに顔を出せず」
「誰がやったか心当たりがあるの?」
「黒狐の宗冥です」
 先日出会ったあの黒狐が、と咲は信じられなかった。
「どうしてこんなこと」
 マキノは咲の問にはこたえず「しばらく、蓮夜様と春雷様を咲さんのところで一緒に住まわせてもらってもいいでしょうか」
「もちろん!」

 しかし次は咲の家も襲撃されてしまった。
 街を歩いていると「咲ー!」奏が駆け寄ってきた。
「いや~、こっちの色街は美女揃いでいいね~」
「れんれんみたいに泣かせるんじゃないわよ」
「俺はそんなことしないさ。平等に扱って平等に後腐れなく別れる。あっちの国では蓮夜の後処理で女の怖さを嫌というほど思い知ったからね」
「あんたが色街で遊びほおけてる間に私たちの家なくなったわよ」
「ええええ!?」

 その後、何度場所を変えても襲撃され、咲は度々宗冥を探すようになった。
 あてもなく森の中を彷徨っていたある日。
「私のことを探しているのかい?」
 木の上に座って咲を見下ろす宗冥。
「あなたの仕業でしょ。どうしてあんなことするのよ!」
 なにも言わず木から飛び降りて歩き出す宗冥の後についていく咲。
 だんだん日が暮れてやがて夜になり宗冥は足を止めて空を見上げた。その先には大きな狐の背に乗って飛んでるマキノ姿が見えた。
 咲は宗冥の哀しそうに見える背中のそばで、どうして私じゃないんだろう。私ならずっとそばにいてあげられるのにと思い、ゆっくり近づき顔をのぞき見込む。その目は間違いなく恋心を抱いている目だと確信した。
 咲はマキノからきいていた。時折、想い人である土蜘蛛のところへ行ってると。でも今日は違う。
 昼間、渋然様というお方に相談しに行くときいていた。
 呟国に戻るにしても幼い春雷を抱えては危険でとても無理だ。

「もうこんなことやめてよ。あなたが周りを傷つけたってマキノはあなたの物にならない。わかってるでしょ」
 咲は泣きそうになりながら宗冥に言った。
「私はね、憎いんだよ。マキノをあんな姿にした土蜘蛛が。そんな土蜘蛛を好いているマキノもね」
 憎んでる相手に復讐しようにも手の届かない場所にいて、憎しみのあまり怒りの矛先を蓮夜たちに向ける宗冥のことをまるで子供だと思うが、でもそんな彼のそばにいたい。彼を変えたいと思う咲。
「私、そばにいるから。あなたの怒りも憎しみも私がぜんぶ受け止める」
 宗冥は咲の必死の告白に表情を変えることなくその場を後にした。

 しばらくしたある日、咲は蓮夜の付き添いで街へ買い物に来ていた。
 幼い春雷を抱っこして蓮夜を待っていると「久しぶりだねぇ」宗冥が声をかけてきた。
「なによ、そっちから話しかけてくるなんて」
「冷たいねぇ。君は私に惚れてるんじゃないのかい?」
 なによ!私の告白無視して消えたくせにとキッと睨む咲。
「この子は?」と春雷に目をやりきいてきた宗冥に「大事な子よ」とこたえる。
「君の子かい?」
「ちがうわよ!」
 宗冥が春雷の頭に手をやろうとしたので引っ込める咲に「私だって子供は好きなんだよ。少し撫でさせてくれたっていいじゃないか」と言うので撫でさせてあげることに。
「ほんと可愛いねぇ。あと300年もしたら」と言いかけて蓮夜が近づいてくるのを感じてその場後にする宗冥。
 宗冥の背を見ながら言いかけた言葉が気がかりだった。
 その後襲撃はぱったりなくなった。

 ある日、咲は噂を耳にした。
「もののけ界に古くからの言い伝えで、千年に一度だけ願いが叶う実のなる木が現れる」というものだった。暁国を何年もかかって探した。なければマキノに頼み込んで呟国に連れていってもらおうと決めていた。そして暁国の半島でようやくその木を見つけて実を食べて強く願った。
 しかし、食べて間もなく酷い吐き気に襲われ、噂はデマかと思いながら己の愚かさを悔いたが、ようやく体が楽になったと思えば手のひらが光り、マキノと同じ空間を抜ける力を得たことを知る。
 その力で蓮夜たちの元へ戻ろうと青白い渦をくぐり抜けるとそこには宗冥がいた。

「おや?」
 知られたくない相手に知られてしまった。
「誰にも言わないで」
「言わないさ。君には興味なんてないからね」
 歩き出す宗冥に声をかけようとしたが突然苦しみ出しその場にへたり込む。
 宗冥が振り向き「まだその力、体に馴染んでないようだねぇ」そう言い咲を置き去りにしてその場を後にする。

 時は経ち、春雷が300歳になる少し前、妙な噂が立った。
 それは春雷が呪われた狐というものだった。
 街を歩く蓮夜と春雷を訝しむ目で見る者たち。睨むだけならまだいいが石をぶつける者もいた。
 次第に風当たりが強くなりもう居場所もなくマキノに頼んで呟国へ帰ろうとしたとき、真っ白な渦が現れ「ここをくぐれ」という声をきき、くぐる蓮夜と春雷。
 それからというもの、はるの荘に住むことになり現世での生活が落ち着いた頃、壁の中をくぐりこのことをマキノに伝えに行った。
「そうですか。とにかくお元気に暮らしてるようでなによりです」
「春紅は元気か?」
「ええ、外には出してもらえませんが敷地内での自由は許されて、私も面会できるようになりました」
「そうか」

 マキノから、蓮夜と春紅が現世で暮らしてることを知った咲。
 ――あと300年もしたら
 宗冥の言葉が気がかりでなにかよからぬことがはじまる予感がしてならなかった。

過去編② 交錯する恋心と新たなはじまり

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