「親指と人差し指を直角に広げて、それぞれの指の先同士を結んだ長さの1.5倍が、丁度良い箸の長さ、らしいよ」
徹の向かいで揺れる長めの箸と、その箸を操る小さな手に、現在書いているレポートの内容を話す。
「そう、なの?」
その小さな手の持ち主、徹の向かいで夕食を食べる姉の梓は、徹の言葉で持っていた子供用茶碗をテーブルに起き、自身が持っている箸をまじまじと見つめた。
「確かに、私には少し長いわね、この箸」
近くの百均では、この長さのしか売ってないんだけど。兎の絵が描かれた可愛らしい色の箸を眺めて息を吐き、再び子供用茶碗を手にした姉の、飾りの無い小さな爪と短く太い指を、好ましく見る。その小さな手で、姉、梓は、何でも器用にこなす。掃除や洗濯や炊事はもちろん、社会人として働いている小さな会社の事務全般も、子供のような、小さく丸い手で。
小さい頃に母を亡くし、今は亡き父方の祖父母が暮らす少し寂れた郊外にある団地の一角に移住してからずっと、働く姉の、少し危なっかしいがそれでも万事巧くいくその小さな手だけを、徹はずっと見ていた気がする。姉が作った炒り鶏の、一口大に千切られたこんにゃくを噛みしめながら、徹は小さく頷いた。姉と同じように、徹も祖母から家事の全てを教わったが、姉と同じようには美味しい夕食を作ることはできない。
と。
「徹の手なら、百均の箸でも大丈夫なのね?」
唐突に、向かいにあったはずの小さな手が、徹の目の前に現れる。
「やっぱり、男の子の手って大きくて骨ばっているわね」
呼吸を失い、硬直してしまった徹の無骨な手に触れる、姉の柔らかな指先の温かさを、徹はただただ愛おしく感じていた。