部屋に戻る途中、甘い匂いが漂ってきたのでキッチンに立ち寄った。
「黒川。何を作っているので……。
……!」
キッチンで料理をしている黒川の背中から、腕が無数に生えていた。
「ギャァァァ! 悪魔ッ!」
「悪魔では無い。千手観音像だ。
お前、罰が当たるぞ」
千手観音?
「黒川。
その腕、自分で作ったのですか?」
「ああ。立体感を出すのに苦労した。
仮装大賞は俺が頂く」
黒川はそう言いながら、オーブンに肉の塊を入れた。
黒川が動くたび、背中から生えた腕がテーブルの上に置かれた食器を薙ぎ倒していく。
黒川……。
今、仮装する必要ありますか?
「ところで黒川。私の仮装、何に見えますか?」
黒川が料理の手を止め、私を見た。
そ……、そんなにじっくり見ないで。
「……。金曜日の関口さんか?」
「え? 何で金曜日の関口さん?
関口さんが魔女とどう関わっているのですか?」
「魔女?
何で魔女が麦わら帽子を被っているんだ?」
「トンガリ帽子が無かったから、麦わら帽子で代用しているのですよ」
「魔女は黒いフードのようなものを被っていなかったか?
ごみ袋で魔女の服を作ったのなら、フードも黒いごみ袋で作ったらどうだ?」
黒川がそう言いながらキッチンの引き出しから大きめの黒いビニール袋とキッチンばさみを出した。
「この一辺を切って被るだけでフードになるだろう」
黒川がビニール袋の端にハサミを入れて真っ直ぐ切り、私の頭に被せた。
「おお。『防災頭巾方式』ですね!」
「後は首の辺りをテープで止めておけば、フードが脱げなくていいだろう」
そう言って黒川がガムテープを渡してくれた。
「ありがとう、黒川。
ますますハイクオリティーになりました」
「ああ。
それより、肩に乗っているものは何だ?
ナメクジか?」
「まあッ! 酷い!
ラッコの『ラーくん』ですよ。
本当はカラスを肩に乗せたかったけれど、カラスのぬいぐるみが無かったから『ラーくん』で代用しているのです」
「カラス?
カラスの剥製なら、お前の爺さんのコレクションにあったような気がするな……。
後で探してやるから、少し待っていろ」
わーい。
ますますハイクオリティーになりそうな予感。
「お嬢。お茶でも飲むか?」
「え。良いのですか?
では、お言葉に甘えて、いただきます」
私がカウンターの横に置いてある椅子に座ると、黒川はヤカンを火にかけ、お湯を沸かし始めた。
「あ。そうだ、黒川。
私に紅茶の淹れ方を教えていただけませんか?」
「急にどうした?
また良からぬ事を考えているのか?」
「は? どうすれば紅茶で良からぬ事ができるのか、逆に教えてもらいたいですよ。
そうじゃなくて。
いつか私もこの屋敷に客人を招く日が来た時の為に、紅茶の淹れ方ぐらい知っておいた方が良いと思いまして」
「お茶の淹れ方など、毎日淹れてやっているのを見ていれば大体分かるだろう?」
「茶菓子に気を取られて、毎回見逃してしまうのですよ」
「……。
お前は淹れ方より先に、お茶に興味を持つことから始めた方が良いかもしれないな。
お嬢。緑茶と紅茶は同じ茶葉が使われているのを知っているか?」
「えー? 嘘だー。
色も味も香りも全く違うじゃないですか」
「ハハハ。不思議だろう?
紅茶も緑茶も烏龍茶も全てツバキ科の植物の葉から作られているが、葉を摘み取った後の処理の仕方、つまり発酵のさせ方で色も味も変わってくる」
黒川は説明しながらティーカップに紅茶を注ぎ、クッキーを添えてカウンターテーブルに置いた。
「じゃあ、ミルクティーのように、緑茶に牛乳を入れたら美味ですかね?」
「どうだろうな?
抹茶ミルクがあるぐらいだから、旨いかもしれないな」
「ご飯に紅茶をかけて、お茶漬けならぬ紅茶漬けは美味しいのでしょうか?」
「お前……。
食べる事に貪欲だな……」
「へへッ!
ところで黒川。今日の晩ごはんは何ですか?
パーティーですから、豪勢なご馳走を期待していますよ?」
「は?
毎日豪勢な料理を振る舞っていたつもりだが?」
「違いますよ、黒川。
ハロウィンなのですから、口に入れた瞬間、おとぎの世界へ誘ってくれるような……。
そんなメルヘンチックな料理を期待しているのですよ」
「相変わらずお前の脳内は空想世界を彷徨っているようだな……。
まあ良い。
紅茶の淹れ方を教えてやろう」
「ありがとうございます」
ところで黒川、
お茶を淹れる時も千手観音のままでやるつもりなのだろうか……。